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次に読んでみたい【本】→『実力も運のうち 能力主義は正義か?』

仕事でも生活でも、色々と仮説を立てて検証し、試行錯誤しながら修正、改善していくというのが好きなのですが、たまーに、

これが私のやりたいことなのかな?

と思う時があります。っていうか、今、まさにこれを思ってる!

この仮説検証・試行錯誤・改善アプローチは、小さな喜びを積み上げていくイメージです。小さく、でも、確実に狙っていくので外すということが少ない。

その小さな積み上げがあるから今がある!と思う一方で、あえてデフォルメして書くなら、

ハーバード出てこれかよ!

と突っ込みたくなるときもあります。

これってたぶん、世間の人が思うハーバード卒の人に対するイメージ(頭良くてバリバリ稼ぎ、仕事も私生活もスマートにこなす感じ。決してお風呂の時間で悩んだりしない。笑)に、ハーバード出の私が踊らされているという、なんてゆうか、これ書きながら自分で笑ってしまいました。笑

上手く言語化できないのですが、なんか、ここでお風呂の時間とかで悩んでて、私の生活って平穏で幸せだなーって思う気持ちと、いやいやいやもっと高いところ(←ってどこ?)目指していこーよ!という気持ちがせめぎ合ってる感じ?

いわゆる自粛疲れに因るものなのか、自律神経なのか、はたまた女性特有の月経によるものなのか、もしかしたら更年期なのか…

いや、たぶん、この違和感のようなものは、自分に対する何かのお知らせなのでしょう。

なんか、バランス取れてねーな。小さくまとまってんじゃねーよ。

みたいな。もはやよくわからないのですが、そんな私が次に読んでみたい本はコレ。

私がハーバードに留学していた頃、サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』や「ハーバード白熱教室」が流行ってました。

私は、その教室(講堂)の前を通り過ぎるくらいで、『正義…』の本も読んでないですけどね。

たぶんこれじゃないかなー、その講堂。(写真探してみました)

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中小企業に勤めるサラリーマンの父と、たまにパートに出ていた専業主婦の母のもとに生まれ、おそらく統計的にも中流?普通?な家庭に育ち、地方の県立高校から東京の私立大学、働いてから、ハーバードの大学院に留学した私。

ハーバードの同級生は、日本人も含め、確かに社会経済的には上流な人が多かった印象です。

もちろん、自分なりに努力もしたと思うし、能力もそれなりにある気もするけど(←あくまで自己評価。能力って絶対的なものと相対的なものがあるしね)、運がよかったというのも体感としてあります。

運、ともいえるし、環境ともいえるかな。

自分がどんなことを感じて考えるのか楽しみです。

今日は1,000字超で30分くらいかなー。

毎日書くことはできているけれど、ちょっとしっくり来ていないのですよね、実は…。要考察。





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