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こちら精神科相談室です②

南は、青色のスニーカーで、スーツにはあまり似合わない格好をしている、時々、ナースステーションでは、青色のスニーカーの人、などと言われるくらい南相談員のトレードマークだ。
南にも、こだわりがあるらしく、院内を走ることはダメだが、急ぐ時はスニーカーが丁度いいと、彼なりの仕事へのポリシーが隠れていた。

えーっと、西病棟、2階、、
カルテをみながら、足早に階段をかけあがる。

おはよう御座います、

南のあまりにも元気のいい声に、一瞬、ナースステーションの看護師たちは、彼にきづいたものの、業務の疲れか、将又、医療看護部と医療福祉部の違いから輪にいれてもらえてないのか、いつもどうりの冷たい目がむけられる。南も昨年は、単なる挨拶だが、されど、挨拶に、困惑し、悩んだ時期もあった。しかし、先輩である幸子や、無口に仕事をこなす大森の仕事ぶりを目で追っているうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。大切なのは、患者さんをいかに、真ん中におき、コメディカルやドクターが、患者さんの周りに専門知識を散りばめ、生きやすい環境をつくるか、目的を失うと、すべてが崩れてくる。

さて!

南は、スーツのズボンの太もも付近で手を2回こすると、看護師長に話しかけた。

廊下には、朝食を終え、時間をゆるやかにすごす患者さんたちが、みえる。デイルームでテレビをみているようで、みていない人、薬の副作用からか、おちつかずに、ずっと歩いている人、コップを片手にナースステーションに珈琲の粉をもとめにくる人、様々な、今日の、生きる、がうごめいている。南は、専門家、患者、という、垣根のない、空間がなんとなく好きだった。相談室で事務仕事をしているよりも、病棟に上がってくるほうが、自分に合っているような気がしていた。同時に、まだまだ、自分は、専門家になれていないとも、自己嫌悪になることもあった。


師長!退院予定の小林初美さん、を担当します。よろしくお願いします。今後の在宅の方針もほぼ、決まっているようですが、面談してもいいでしょうか?

師長は、南のほうをみることなく、何やら忙しくパソコンをうちながら、声を出した。

「小林さん、退院は来週で、栄養管理は配食弁当、通院は週に一回、できたら訪問看護をいれて、あとは、地域の相談員につなぐだけでしょ?今更、何か調整ある?」怒っているわけではなく、命をあずかる看護師にとっては、いちいち相談員にまで気を使って話していられない、という雰囲気が醸し出される。南は、それこそ、医療福祉だと、やっと最近きづいてきた。

専門職の違い、それだけではない、
病院は、医師をトップとするピラミッド。
いまでこそ、入院、退院支援で、相談員の加算がとれるようになったが、二十年ほどまえまでは、加算もなく、同じ病院で働きながらもソーシャルワーカー、などという、存在や役割はほとんど知られてなかった。

あの、でも一つ、気になることがありまして。
南はくいさがる。

え?気になること?

はい、息子さんとの関係です。

あの、疎遠の?

はい。

そこまでする、
必要あるのかしら?

医療福祉の視点では、疎遠になっている家族であっても、家族が病の理解ができていなかったり、本人の思いが伝わってないケースがあります。それは、病のせいですが、。それを、このような機会に再度みなおす、、あくまで、患者さんの意向があれば、ですが、、と話を切った

まぁ、好きにやってみたらいいんじゃない?
大森さんと、相談しながらね。

はい。

そういわれて、南はホッとした。第一関門突破だ。南は小林の四人部屋に急いだ。


風が気持ちよさそうに、ピンクのカーテンをゆらしている。

小林さん?相談室の南です。
いま、よろしいですか?

返答がきこえない。
もう一度、声をカーテン越しにかけてみる。

あっ、はい。
細い声がきこえた。

失礼します、南はピンクのカーテンをゆっくりあけた。

おはよう御座います、

あっ、おはよう御座います、小林は丁寧に頭をさげた。

相談員の南です。今日は少し、お話がありまして。なんと切り出そうか、悩みながら、会話をさぐる。

天気いいですね、

そうね、

ぶつ切りになる会話に、もう抗うことはやめて南は静かに話はじめた。

小林さん、
小林さんの退院にむけて、みんなで一緒に準備できたらとおもうのですが、、

小林は何故か窓をみている。

いい天気ね、ほんと。
懐かしい。
幼い雄一をつれて、公園によく出かけたの。
あのこには、苦労かけてしまった。
わたしの病気のせいで、あのこは、、

南も一緒に、窓をみる、
どこからか、幼子の声がきこえる気がした。

小林さん、息子さんと連絡とりましょうか?

小林は、南をみた。

いえ、結構です。あのこには、あのこの考えがあり、あの子の人生がありますから。小林は、そういうと、布団のシワをのばした。

小林さんにも、小林さんの人生があるとおもいます。南は少し早口で放った。

しばらく流れる風に時間をまかせる。

小林さんがわるいんではなく、小林さんが患った病のせいで、意図とは反して、苦しい思いをしてこられた、、それは、息子さんだけではなく、あなた自身も。このまま、誤解をとかず、離れ離れのままでいいんでしょうか、、僕はできることは、させてもらいます。もしお二人で話すのが無理なら、退院までに、病院で医師も交えて、息子さんに小林さんの体調などをお伝えすることもできます。返事はすぐでなくても大丈夫です。まだ、退院まで一週間はありますから。他の誰か、ではなく、ご自身と話し合ってみてください。南は、ゆっくりと椅子から立った。


小林初美の発症は、結婚、出産後。無理解の旦那からの言葉の暴力、離婚。夫は、子供の引き取りは拒否した。小林の体調から、一人息子は児童施設で育った。いまは、介護施設で働き、風のうわさで、結婚し、一児の父になっているときいていた。もう三十年も昔のはなし。今更、どんな顔をしてあえばいいのか。母として何もしてあげてはいない。私のことを恨んでいるだろう、そんな気さえしていた。初美の体調も波があり、何年かに一度は悪化のため、入院していた。


ガチャ
木製のドアがあく。

南くん、お疲れ様。どうだった?
幸子は、パソコンをみながら、声をかけた。
返答はない。
おもわず、顔をあげて、南をみた。

うまくいかないですよね。
ぽつりと、南がはなつ。

幸子は、何もいわずに、南をみていた。

何が正解なんでしょうね。
おしつけ、は違う。でも、本心では望んでいることが痛いくらいわかる。精神科で扱う病気が憎くてたまらないですね。

幸子は、ゆっくり、話をはじめた。

正解や不正解なんて、だれにもわからない。でも、ただ、いえることは、いま、小林さんにとって、悩みに寄り添ってくれる南相談員の存在は大きいとおもう。結果より、過程。わたしが大切にしてる仕事での考え。見える形ではなく、その形が形成されるときに、横で伴走するのが私たちの仕事じゃないかしら。

うまくいかないことのほうがおおいけど。
幸子は、そういうと、パソコンに再び向かった。

南のカオが少し、緩やかになった。

あれ?大森主任は?

主任は、昨夜搬送されてきた患者さん家族と面談してる。

大森主任なら、どう支援するんだろな、南は遠くをみた。

南くん!主任は、主任!あなたはあなた!資格を持って、プロとして、給与をもらっるんだから、少しは自分を信じなさい。幸子が優しく、厳しく、諭した。

あっ、、はい、。

なんか、朝から、外来受診相談が数件はいるし、なんか、バタバタなのよね。幸子は、そういいながら、仕事をかたづけていく。

南は、あと、一度だけ、小林と息子さんとの話をして、退院支援に本腰をいれようとしていた。病気という、間違った解釈で、小林初美を判断され、母としての想いや愛情も病気の裏に隠れてしまってきた過去たち。南は、主人公は患者さんであることをわすれないように、なんども頭にいれながら、一度きりの人生、小林初美が少しでも後悔が減った最期を今後むかえてもらうためには、どのような介入がいいのか、に、思いをはせていた。

南くん、
外来から、新規患者さんの面談、インテーク相談依頼が入ったから、外来に向かってくれる?

あっ、はい。

南は、再び、ギシギシ音のなるドアをあけると、足早に外来へ向かった。

幸子は、ひとりになった相談室で、なんだか、昔の自分をみているようで、南には、なんとか、頑張って欲しいと願わずにはいられなかった。

人生は一度きり。

なりたくない、病にも
なりたくない、環境にも、
なりたくない、自分にも、生まれてくることがある。多くはそうかもしれない。ただ、平等にくる、死。人の最期。ここにこそ、少ない後悔でのぞみたい。後悔なんて、あるもの。だからこそ、一回でも多い笑顔を日常に置きたい。幸子が精神科相談員をするうえで、いちばん大切にしていることだ。だれにいわれた訳でもない。何を大切にするかの、核たるものは、それぞれの相談員が、それぞれ、経験と知識から持つものだ。幸子は、深呼吸をしてから、改めてパソコンに向かった。画面には昨夜入院してきた大森担当のケース記録がかかれている。大森の何かが、みえるきがして、何かが気になって仕方なかった。

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