【オリジナル短編小説】実験的共同生活ー誕生ー
僕は気付いた頃から、人への関心が薄かった。
そのお陰で、友達はいないが人間関係の衝突はそんなになかった…と思う。少なくとも記憶の中ではなかった。
ただ、そんな僕は、一人でいると様々な弊害が生じるのだ。
人への関心の薄さが物にも表れるので、部屋は散らかるし、家具などは埃が積もっている。
誰かを部屋にあげる予定はないのだが、このままではマズいと感じ始めていた。
流石に人への関心が薄いといえど、羞恥心のようなものは確かに存在するのだ。しかし、ただ部屋を片しても、どうせまた散らかるだけなのは目に見えている。実家に居た頃のように、同じ建物に誰かがいれば嫌でも片付けざるを得なくなるのだが…。
そんなことを考えていた僕の視線の先には、都合良く「彼」がいた。数年前に地元の友達からもらったアザラシのクッションだ。わざわざ「彼」と表してしまうのは、アザラシの癖にデザインのせいでキリッとした眉があるように見えるからだ。たまたまゲームセンターで取れたらしいのをもらっただけだが、何故だか手元に置いていた。
僕はその一瞬で閃いた。
まぁちょっとした実験だ。
彼に同居人をやってもらおう。
それから僕は彼に名前をつけ、彼が見ていると仮定して掃除をした。
居ると思えば気だるげにでも体が動くのは本当に不思議である。そうして、小1時間少々の格闘の末に、雑だが見られないことはない程度の部屋にはなった。
やってみるものだ。
ゴミをまとめ終わり、時計を見るともう夜の10時をまわりそうだった。
取り敢えず僕はシャワーで汗を流すことにした。
シャワーから部屋へ戻ると、ちょっとした解放感と達成感が待っていた。いつも出来なかったことが出来て、いつもあった障害物がなくなっているというのは存外気持ちのいいものだ。僕はその喜びに便乗して、冷蔵庫のビールに手を伸ばす。火照った身体に冷たいビールの相性は抜群である。
そして、その余韻に視線を上げると、「彼」がこちらを見ていた。
物というのは不思議だ。名前をつけただけのことで、少しばかり生きているように見えてくるのだから。いや、そもそもそんな風に感じる人間が少しおかしいのかもしれないが。
時刻は10時半を少し過ぎたばかり。どうせ1時くらいにやっと眠れるのだ。ビールを飲んで気分も良いことだし、コイツと話でもしてみようじゃないか。
「お前も飲むか?」
ちょっとした笑みを浮かべてビール缶を差し出してみる。
……。
静寂。
「まぁ、飲めねぇよな。」
僕は一人、誰に向けたとも分からない苦笑を混ぜて、ビール缶を煽った。
しかし、一言話し出すと案外言葉を発したくなるものである。
結局、その晩は寝付くまで「彼」と話をした。
好きに話せて、いつ寝落ちをしても気兼ねすることがない。意外にいい同居人を見つけたかもしれない、少なくともその時の僕はそう思っていた。
その日、珍しく夢を見た。
暗い空にアスファルト。見慣れた田舎の街灯が、僕の足元だけを白く照らしている。
向こうに誰かがいる?
光の届かない視線の先に、誰かの気配を感じた。顔も身体も見えないのに、既視感が胸の大部分を占めた。
何か、見たくないものを見ようとしている予感に鼓動が反応している。
「たのしそうでよかったね。」
子供の声がした。これは、誰の声だっけ?
僕はそこで息を呑んだ。
違う、これは。
「ぼくのことはきにもとめなかったくせに。」
気がつけば、周囲には同じ顔をした子供、子供、子供。何十人もの子供の輪が僕を囲んでいた。
けたたましい、笑い声、笑い声。
その声に耳を塞いだ時、目の前から強い光が迫ってきた。
思い出した。
あれはトラックだ。
子供達はトラックに向かって雪崩れ込み、次々にーーー。
目を開けた時、何の変哲もない朝がやってきていた。
ふと、昨日名付けたアザラシを見る。
アザラシは素知らぬ顔でこちらを見つめていた。
僕の記憶の蓋はこうして、都合の良い同居人によって開かれたのだった。
『イマジナリーフレンド』…空想の友人。心理学、精神医学における現象名の一つ。
多くの場合、本人の都合のいいように振る舞ったり、自問自答の具現化として、本人に何らかの助言を行うことがある。反面、自己嫌悪の具現化として本人を傷つけることもある。
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