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人気アパレルの集団面接にとんでもない男がいた話

もはや20年ほど前になるだろうか。当時フリーターとして生計を立てていた私は、とある人気ファッションブランドの集団面接を受けた。

30人ほど収容できそうな会議室には、いわゆる木製の長机が試験会場スタイルで並べられていた。
通路を挟んだ右左に3-4列ずつくらいだろうか。定間隔で配置されたその机にそれぞれ2名ずつで座ってください、という指示が出される。

私の隣に腰掛けた女性は全身リクルートスーツの小綺麗な方だった。
ヤバい、完全に私服で来ちゃった。これスーツ着てこないといけなかったやつ?とちょっと焦ったが、周りを見渡すと8割くらいは私服だったので、とりあえず安堵。

アパレルだからむしろ私服の方がセンスもわかって有利なのか?どうなのか?とぼんやり面接が始まるまで考えていた。

アパレルの面接、それも集団面接は初めての経験で、緊張もあった。
ここにいる10名くらいの候補者の中で、何かしら爪痕を残さねばならぬ。

私は意気込んでいた。

面接が始まり、志望動機や、どうしてアパレルで働きたいのかなどのベーシックな質問が投げかけられ、順番に1人ずつ回答していく。

私は比較的順番が早い方だったので、自分の回答をすませたあとは、後は他の候補者の発言を気楽に聞いていた。

そう、あの時までは。

とんでもない候補者現る

最後から2人目くらいだろうか。
突然視界に映り込むものに違和感を持ち、私は意図的にまばたきをしなおした。

それは今時ファッションに身を包む20代女性たちの中に紛れ込んだ、電車男スタイルのティピカルなオタク系男子だった。

ん⁉︎

いや、予め言いたいが私はオタク系の友達もたくさんいるし、自分もオタクだしサブカルも大好き。
電車男になんら偏見はない。

が、ここは20代赤文字系女性の人気ファッションブランドの面接会場である。
いや、さすがにここは違うだろうここは。さすがに。
フワフワの巻き髪をなびかせ、10cmヒールを履いた可愛い女子たちの間に「何か問題でも?」という顔で堂々と鎮座しているが、いやいやいやいや。

困惑と混乱の中、とりあえず自分も選考を受けている身なので取り乱すわけにはいかない。
「いえ、何も動揺などしておりませんが?」という表情で背筋を伸ばし、電車男を凝視した。

彼は、期待を裏切らない。
喋り方も、まさに電車男のそれである。
早口で1秒あたりの発声単語数が異常に多い。独特の言葉のピックアップと妙に慇懃な言葉遣い。

おい人事、なんで面接に呼んだ。

地獄の選考が、今始まる

最初は驚愕の方が大きかった。
そこでどうか終わって欲しかった。しかしこの面接の試練は終わらない。

いや、むしろこれからが本番だった。

面接官は私たちにこう告げた。

それでは隣の人とペアを組んで、お互いのファッションを魅力的に説明してください

なんてこった。
販売員としての適正を見極めるいい実技試験である。初見で訪れる様々なお客様のコーディネートを見て褒めたり、この方はこんなテイストが好きなんだろうなと分析し、良き提案をしないといけない。

その能力を見極めるには最高の実技テストである。
がしかし、なんてこった。
私たちの面接回にはヤツがいる。

まずは私たちチームのターン。ペアの女性は私のファッションを上手に褒めてくれて、選考トークだとは思っていても気持ちが良い。
逆に相手はスーツなので褒めるのはとても難しかったが、何とか私もやり切った。

問題の電車男チームである。
ペアを組む女性は、可愛らしい雰囲気のオシャレな子だった。

もう中止にしてください!

まず、私から電車男の服装を説明しよう。
チェックのネルシャツをズボンに潔くinし、ヨレヨレのジャケットみたいなものを羽織っていらっしゃった。

私、ぺ、ペアじゃなくてよかった〜〜〜‼︎‼︎‼︎

心の底からそう神に感謝していたが、しかし可哀想なのはペアの女性である。
オシャレな子だ。このブランドで働きたい!そんな強い思いを持ってここまでやってきたのだろうか。

だがしかし、今彼女に最大の試練が訪れている。

彼女は会場中が固唾を飲んで見守る中、優しく澄んだ声で説明を始めた。

「本日の(電車男の)コーディネートのポイントは、トレンドの綺麗めシャツです。パンツにインして頂くことできちんと感を演出できます」

おいおい嘘だろ、アンタすごいよ。
動じずに説明を続ける彼女に賞賛の拍手を心の中で送りながらも、私の腹筋は限界を迎えつつあった。

隣の子の肩も震えている。

電車男のペアの女性は続ける。

「また今日はあえて短めでくるぶしが見えるパンツの丈を選んでいるのもポイントです。靴下の色をジャケットと合わせることでトータルでコーディネートしています」

私の腹筋は限界を迎えた。

絶対そのズボンただ短いだけだからwwwww
靴下の色ジャケットと合わせたりとかしてないからwwwww
多分お母さんが近くの量販店で買ってきてくれたやつだからwwwww

もう彼らを見つめることもできない。
気を抜いてしまうと、あろうことか面接最中であることを忘れて吹き出してしまう。

え?これ面接だよね?
突然「笑ってはいけない」の収録始まったわけじゃないよね?
ゲラの私を招待するなんて成り立たないではないか。

笑いがこぼれないように咳払いをして、口元を隠しながら電車男を横目で見る。

いやおめぇは何でちょっとまんざらでもない顔してるんだ!

耐えきれず私は完全に俯いた。
もう面接などどうでも良い。というか、心から電車男のペアの女性を通してあげてほしい。
彼女は売るよ。どんなお客様でも仏のような心で接してファンを作れる人材だよ。

爪痕を残す

そこからの記憶はあまりない。
顔を上げられなかったので、終始俯いて自分の震え続ける拳を見ていた。

もしかして電車男は私たちの対応力を試すために人事が送り込んだサクラなのでは?そんなことまで考えながら。

もはや面接を投げていたも同然の私だったが、最後に「あなたを何か物に喩えるとなんですか?理由と一緒に説明してください」という質問に、電車男が先に回答し

「えー、わたくしは自分のことを柳のような人物だと感じております。柳に風とよく言いますが、これは柳に風が吹いても抵抗せずになびくように従順である様を言いまして…」

と早口で壮大なスピーチを始めたため、なぜか私も爪痕を残さねばと、ここにきて謎のスイッチが入り

私はおでんの"はんぺん"のような人だと思います

と気付いたら言っていた。
そんなこと人生で一度も思ったことはない。

ただ数日前に合コンで出会った男子が「おでんのはんぺんみたいに、吸収力ヤバいでしょ?」とジョークを飛ばしたことが頭に残っており、思わずその例えを丸パクりしてしまった。
私は太陽のように明るいです、なんてありふれた回答じゃ彼に勝てない。

「わたしは、はんぺんのように吸収力があり、何事も大きな心で捉え自分の糧にします」

嘘つけ、全然この場の状況を心が受け止められてないではないか。
彼の爪痕がすごすぎて、何か対抗したくなってしまった本能の所業だったのかもしれない。

面接官は「皆さん例えがお上手ですねぇ」と一言呟き面接は終了した。

選考にはサクッと落ちた。
しかし私はむしろ清々しい気持ちになっていた。私が落ちた分あの子が通っているとよい。
チャンスは頑張った人に与えられるべきだ。

もはや彼にすら、好意が芽生え始めていた。
5週くらい回ってカッコいいよ。
流石にないと思うけど、受かってたら店舗に買い物にいくよ。

選考に落ちても凹まなかったのはこの時くらいだ。
その後そのブランドの店頭で彼の姿を見かけることは一度もなかった。

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