見出し画像

【記憶の街へ#6】亀はどこへ

小学生の頃、借家に住んでいた。
6帖二間に3帖くらいの台所、それに風呂トイレ。
2軒がつながっていて、その建物が敷地内に10棟くらい並んでいる。
昔はよくあったタイプですね。
当時は家作(かさく)と呼ばれていた。
今でも母はそう言う。

我が家はここに10年ほど住んでいて、その間にいろいろな人たちが入れ替わり暮らしていた。
ボクが小学校4年生くらいの頃、後ろの家作に60歳くらいの男性が一人で住んでいた。
なんの仕事をしていたのか、昼間は家にいることが多かったように思う。
夏場は白のシャツに白のステテコという格好。
まぁ、昔のオヤジはみんなそうでした。それに腹巻とかね。
うちの父もそうだったな。
要はバカボンのパパのファッション。

おじさんは亀を飼っていて、その水槽を玄関の前に置いていた。
学校から帰ってくると、ボクはよく水槽を覗き込み、亀が外に出たいとでも言うように、ゆっくりとガラスの壁を爪で引っ掻く姿を眺めていた。
暑い夏がやってきた。
ボクは毎年夏休みの約1ヶ月間、母の実家がある山形に遊びに行っていた。
家に戻って数日すると9月からの二学期が始まる。
9月になっても暑い日は続いていた。
照りつける太陽の下、学校から帰ってきて、久しぶりに亀の水槽を覗いてみると、すっかり水がなくなって敷き詰めた砂利だけになっている。
亀は全く動いていない。甲羅も乾き切っている。
あら?これは死んでるのかと思って甲羅を持ち上げてみると、やはり亀はとっくに死んでいて、よく見ると甲羅があった周囲に骨が散らばっている。
甲羅の中は空洞だ。
おじさんは知ってるのかな?
「おじさーん」
ボクは開けっ放しの玄関から中に声をかけた。
するとおじさんがのそっと起きてきて「どうした?」と言うので、
「ほら、亀が…」
とだけ言って亀の甲羅を渡した。
するとおじさんは空になった亀の甲羅を覗き込んでこう言った。

「逃げたか」

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?