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若い人を育てる仕組みが無いのは非文化的

自分たちは、文化的な事をしているのだ、伝統を担っているのだ、と主張するのであれば、それは当然、後継者育成もセットでなければならないと私は思います。

未来をつくる若者たちに学習の機会を与えないのはあまりにも非文化的姿勢です。

例えばどこかの国で、国として、子どもたちや若い人たちに学習や経験の機会や考える時間をなるべく与えるようにするのではなく、若者を安い労働力としてか観られないような国であれば、文化的な国とは呼べないでしょう。

まして、年長者たちが、自分たちが若い頃には学習や体験や時間を与えてもらったのに、自分の後進にはしない、という態度であれば、それは全く非文化的な態度だと思います。

自分は厳しい状況にいて沢山の事は出来ないとしても、後進、あるいは社会に出来る事は少しだけでもやる努力をする、というその姿勢が先達が後進に見せるべき態度だと思うのですが、どうも自分の事ばかりにかまけているようにしか見えない人が多いように思います。

昔は良かった、昔は凄かった、オレたちが若い頃はもっと苦労した・・・という悪編集された思い出話の汚泥の沼にひたり楽しむ人達は、もう文化の外にいるのですが、しかしそれが多勢を占めるのです。


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