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マティスが好きです

私は、画家のアンリ・マティスが大好きであります。創作的にも非常に影響を受けました。

今回は、そんな話を書いてみます。

好きが過ぎて長くなり過ぎないように気をつけなければ・・・

23年の都美術館でのマティス展で傑作「マグノリアのある静物」を前にご満悦のわたくし。
(スタッフ甲斐・撮影、作品撮影OKのフロアにて)
iPhone写真なので絵の色が変に飛んでいます。
色を修正出来ませんでした。現物はこんな色ではありません。

マティスの一番最初の記憶は小学校の時の美術の教科書です。

記憶では1948年の平塗系の絵「パイナップル」と他に何か・・・が載っていて、それが「なんだか良く分からないけど、こういう塗り絵みたいな絵でも巨匠なんだなあ」と思って印象に残りました。

その後、中学生ぐらいになって上写真の「マグノリアのある静物」や「赤のアトリエ」を美術の教科書で観て、非常に強い印象を受けました。

しかし、その後美術に強い興味を持つようになってから何度かマティスの原画を観る機会がありましたが「良く分からん部分が多い・・・でも何か惹かれる・・・」という感じ。

感覚的には強く深く刺さって来るのですが、

職人気質+日本人的生真面目さを持つ当時の仁平少年(私)には

「なんでマティスは、こんなに雑に絵を描くんだろう?」

という事が気になって気になって仕方がなかったですね。

一般的に認知されている「画家としての職人芸的な巧みさが全然無い」むしろそういう事を拒否しているぐらいに感じられたのです。しかし素人臭いとか下手という事でもない・・・鑑賞者である私に「巨匠の巧みな絵を鑑賞している安心感」をまるで与えてくれないのです。

最初にマティスの絵をまとめて大量に観たのは1981年16歳で観た東京国立近代美術館での大回顧展でした。

その時は「ふぅわー!?」と自分の感覚に直接刺さって来るものに圧倒されると同時に「やっぱりマティスの絵って、すっっげえ雑!これでいいの?許されるの?」と当時16歳の私は、やはりあの「雑さ」が気になりました。

薄めた油絵の具で描いた下絵とか木炭での当たりも沢山残っていて、セザンヌどころではない塗り残しが沢山あるし、途中まで塗って止めてしまったような部分があるし、油絵の具が乾く前に擦ってしまった跡みたいなのがあるし・・・そういうものが盛り沢山で、描きかけの絵だよね?と思った絵にサインが入っていて「堂々完成!」となっていて・・・当時流行っていた激しい「ニューペインティング系」の画家の絵でも、一応は絵としては完成品と感じられるように描いてあるのに、マティスのは「一枚の完成した絵として認識出来ない」のです。

その展示会には「ダンスⅠ」その他沢山の名作が出ており、それぞれ心揺さぶられましたが、「ニンフとサテュロス」「青い窓」など、非常に鮮烈に印象に残りました。しかし、いわゆる芸術作品としてはやっぱり何がなんだか分からない。

色も、原色使いみたいに言われますが、実際には原色のような色でも濁らせて使っている・・・例えば赤では多くのケースで黒やその他の色を少し筆に引っ掛けてキャンバス上でムラに塗り、濁らせてあります。面積の大きい平塗部分も汚く雑に塗ってあるようにしか見えない感じにムラに塗られていたり。職人芸的に美しいムラ加減などでは無いのです。例えば琳派の「たらし込み」のような美しさ、巧さは全く無い・・・

とにかく、色々な事が「絵とか美術品の通常のルールの規格外」というかなんというか・・・

「なんでこの絵はこんなにデカいの?このテーマにこのサイズ必要ある?」

「なんでこの絵はこんなに汚い色なの?色彩の魔術師じゃないの?」

「何でこんなに身体のパーツの描写を適当に流して描いてあるの?何でこんなに女性の身体が変な風に歪んでるの?」

「切り絵の紙の切り方が雑!貼り方も糊がはみ出しているし汚い!」

「まるでご都合主義みたいに、物と背景が入り組んで、遠近法も部分部分で違っていて、画面を構成してある。こんな事したら、美術の先生に怒られそうだ」

その他その他

しかし、感覚の最深部には食い込んで来て、その印象はいつまでも消えないのです。

その後も、マティス作品を何度も観ているうちに

基本的に、

「マティスの絵に読み取るべき物語はない」

「マティスの絵を言語化する事は出来ない」

「マティスは一般的な画家の約束事で絵を描かない」

「ゆえに、マティスの絵は“ただ観る”しかない」

と、私なりの把握をして行き・・・

ようするに、マティスの絵は「教科書で習ったような絵の鑑賞方法で捉えようとしても何が何だか分からない」・・・「ただ自分が実際に感じる事を認識するしかない」と思うようになりました。

マティスの絵の前に立つと、人は丸裸にされてしまうのです。事前の知識をもってその絵を「理解」しようとしてもその糸口が、ほぼ無いからです。普通にどこにでもある物や風景や人が描いてあるのに分からないので余計に戸惑います。それがただ雑に描かれた絵に過ぎないのなら見る価値の無いものとして受け流す事が出来ますが、困ったことにマティスの絵は精神と感覚に深く刺さって来るのです。

そうなると、人は「その絵を直に観る」しか出来なくなります。

そこで初めて人は「絵を読み解く」事や「絵を自分の知っている事と照らし合わせてチェックし安心する」事から離れて「自分の眼と感性で絵を観る」事になるのです。

自主的にそうやって観るのは相当な達人でなければ出来ませんが、しかしマティスの絵ではそうさせられてしまう。

これは非常に重要な事で、これこそ正に真の芸術作品なのだと理解するのに23歳ぐらいまでかかりました。もちろんその当時の理解は体感に過ぎず、言語化出来るようになったのはもっと後です。

通常、人々は「絵に文学的な感動を求める事が多い」ため、以前はマティスの絵には感動が無いとか、観ている時だけキレイな絵、薄っぺらい奥行きの無い絵、癒しのために描かれた緩い絵、みたいな批判をする人が多かったように思います。しかし、絵画は絵画でなければ出来ない表現をするのですから、マティスは「正に絵を描いている」わけです。

そうなると

一般の人が欲しい感動をマティスの絵から汲み取れない=その手の感動を得たい人が欲しい物がマティスの絵には無い=一般からの評価が低くなる

となります。

マティスは純粋に絵を描き、それに成功したからこそ以前は・・・少なくとも日本では人気が無かったとも言えますね。

もちろん、マティスの表現方法が生理的に合わないという人であるなら、避けるでしょう。しかしハッキリと嫌いと認識出来る物事は意外に多くはありません。ハッキリと無理だと思えるものは、中途半端なものではないという事です。(食わず嫌いでない場合)

文学的感動の要素を多く持つゴッホやピカソは大変人気がありますが、そういう性質に乏しいマティス作品はそういう面では弱く感じたり、お高くとまったように感じられる場合があります。美術関係者でも嫌いな人が多かったですね。しかしデザイナーには愛好者が多かった気がします。

日本で本当の人気が出てきたのは2004年の東京国立西洋美術館でのマティス展ぐらいからではないかと個人的な体感として思います。これは今までマティスってこうだと言われていた事から離れた、的を射た展示と解説になっていたのと、展示物の量と質が素晴らしかった、そして展示の宣伝も兼ねて新しい視点でマティスの解説が行われたからではないかと私は思っております。この展示会を観た時に私は「マティスの作品はエレガントで強い!」と心底思いました。

今年の(2023年)のマティス展でやっと日本の一般社会においてのマティス評価の根付きの始まりを感じます(私は2度観に行きました)。特に今回の展示では、ノベルティグッズの完成度が高かったですね。それはマティス作品がデザインの素材としても非常に汎用性があり、現代人が観ても最新である事の証明になったように思います。(常に新しいという意味において)

巨匠で良く比べられるピカソは、分かりやすく人々を惹き付ける要素をふんだんに持っています。天才らしいふるまいや発言、私生活のスキャンダラスさ、美術界や社交界でのポジショニングの巧さ、作品の物語性、難解とされながら美術的な逸脱の無い作風、技術的に分かりやすく巧い事・・・(注・ピカソを下げる意味で書いておりません)

しかし、マティスの作品自体には文学的な感動は皆無だし(文学的テーマによる作品もあるけども、絵自体から感動的物語を読み取る事は出来ない)絵や切り絵や彫刻も巧いんだか下手なんだか分からない。それどころか、根本的な部分では美術のルールなんてお構い無し・・・あまりに大胆不敵・・・自分が感じた事が絶対とばかりに描きつけられている線や色、作品の出来上がりの判断も本人以外には分からない変な所で終了としている・・・とにかく他人の顔色など全然伺っていない・・・ある意味マティスは「メチャクチャ」です。そのメチャクチャさに翻弄されながらしかし、やっぱり感覚的にはむしろ強く惹かれるのです。

マティスは、室内や風景や人物を実際に観ながら描いたものが多いですから、絵そのものは、普通に具象物が描いてあるのであまり冒険が無いように観る人もいるかと思いますが(そこから進化して半抽象・抽象的な作品も沢山ありますが)マティスの自作についてのやりたい放題具合は規格外で、どこに着地するのか分からないような感じです・・・ピカソは空中に放り投げられたネコみたいに、どんなアクロバティックな事をしても「ちゃんと美術的に着地する」のに・・・

で、青少年期の私は

「なんだか良く分からないのにマティスの大ファン」

という所に落ち着きました。

繰り返しますが、もちろん当時の私は言語化出来る程に理解していたわけではありません。感じていただけです。

興味を持ち始めてからはマティス関連の本などを読み漁りましたが、どうもピンと来ない解説ばかりで困りました。

一般的なマティスへの解説は「色彩の魔術師」そして「鑑賞者に安楽椅子のような安らぎを与える作品を作ろうとした」などですが、視覚的な意味での色彩云々よりも「自分の感覚を表すにあたって色を一般常識からかけ離れる程の振り幅で使いこなす」という感じであり、実際のマティスの作品から受ける印象は安楽ではなくビビットで激しいものです。「安楽」ではなく「精神と感覚の活性化」を生む絵画といった感じです。鑑賞者の精神や感覚の普段は光の届かない最深部に光を当てられてしまった感じというか・・・。おとなし目の作風の1918〜27年ぐらいの室内や風景画でも実際にはかなり刺激的です。

そういう「マティス作品は安楽椅子」の固定イメージ・・・それが先入観のように人々の思考にこびりついてしまったのは、1907年に自身が書いた「画家のノート」の

私が夢みるのは、心配や気がかりのない、均衡と純粋さと静穏の芸術であり、すべての頭脳労働者、たとえば文筆家やビジネスマンにとって、肉体の疲れをいやす座り心地のいい安楽椅子に匹敵するような芸術である。

・・・という言葉が、誤用され独り歩きしてしまったからではないかと私は推察しております。

少なくともマティスは、この「画家のノート」を書いた時代に一般の人が想像するような「安楽椅子に匹敵するような芸術」など作っておりません。

それぐらいの時代にマティスが描いていた絵は原色使いの荒々しい筆致のいわゆるフォービズムの作風(野獣派)でしたし、1905年「生きる喜び」1907年「豪奢1」だったりするのです。

私はどちらも原画が日本に来た時に観ましたが「何がなんだか分からん!」という具合に過激な作品です。

(過激な作品というのは、例えばジャクソン・ポロックのような分かりやすく激しいものだけでなく、仮に絵自体は静かな雰囲気を持っていたとしても、感性や解釈や表現自体が通常の解釈や手法から激しく乖離しているものは過激な作品です)

特に「生きる喜び」の原画は「何がなんだか分からない程絵がデカく、色が鮮やかで、描いてあるものの意味も掴めず」で「なんじゃこりゃ!」と心底思いました。(それでも絵の具が劣化していて色が描いた当時のもの程の彩度では無いらしいです)

「過激を通り越して・・・もはや意味不明・・・」

とすら思いました。

「生きる喜び」は、テーマ的には昔の画家の絵をベースにしているようですが、この絵の描きかけの部分、それなりに描き込んである部分、仕上がっていないように観える部分が脈絡無く散在していて、なぜそうしたのか、その描写方法に意味があるのか・・・まるで理解出来ませんでした。「生きる喜び」というテーマに沿っているように観える部分もありますが、それが感動を呼び起こすように丁寧に描いてあるとは到底思えない・・・ただそれらしいものが雑にキレイな色でササッと描いてあるだけにしか観えないのです。しかし、雑に観えても、実際には丁寧に塗ってある部分もある・・・これも意味不明。

この時代のマティス作品は「粗野」「野獣」と言われていたわけですから、私には、この絵が普通の意味合いにおいての【〜肉体の疲れを癒やす座り心地のいい安楽椅子に匹敵するような芸術〜】とは到底思えません。

むしろ「人々の精神を揺さぶり、その精神や感覚の奥に眠る生や美の感覚に直接刺激を与え活性化するもの」です。

もしかしたらマティス的に「頭脳労働者への癒しは、このような刺激」だとしたのかも知れませんが・・・しかし、通常の意味での癒やしとは真逆ぐらいなものに感じます。

私は「芸術家本人の言葉は一般的な意味を示していない事が多い」と思っておりますので、その言葉のまま把握する事はしません。

現代の視点で観ると、マティス作品の多くは過激に感じられるものが多いと個人的には思います。マティスが生きていた時代よりも現代でこそ先端。それが古びる事は無い。

ただしマティス作品に「狂気」はありません。

マティスの絵にあるのは「安楽」「調和」よりも「摂理」だと私は思います。

「美術的に良しとされるものの範疇を超えている」けども、生や美の生々しい感覚を鑑賞者の最深部に叩き込む事が可能なのは自然物が持つような「摂理」です。

だから、自然に過激なのです。

私がマティス作品から感じるのは

【自分の感性への絶対的な自信・信頼】

です。

そして、それを実現するのは

【知性】

だと私は考えています。

知性があるから、感覚という振り子を極限まで振った極点まで使えるのです。

狂気による作品の場合は、振り子の紐が切れて錘が無秩序に飛んで行ってしまったようなものになります。それは実際にはそれほどエネルギーを持ちません。その場合はエネルギーが分散してしまうからです。

狂気は無秩序な破壊を伴いますから恐怖感が生まれます。その恐怖感は、鋭く強くかつ摂理に則った創作性に触れた事による精神の震えと、体感としては似ているため同じものに観られがちです。少し違う言い方をすると「摂理」と「狂気」に共通するのは「得体の知れないものに触れたときの畏れの感情」です。そこが共通しているので余計に同じものとされてしまう事が多い気がします。

ゆえに私は「摂理に触れた物が持つ独自の制限の無い力に触れた時の畏れの感情」と「狂気が持つ破壊性から来る恐怖感」は別のものとして観ております。

そして「知性」は人の精神の性質を表すものであり「知識」ではありません。

「知識」を自分の進む方向の道標にしたら、知識は檻になり自分の感性を解き放つ事は出来ません。しかし「知性」によって物事を観て、学び、感じ切り、常に進化している状態で、かつ狂気に陥る事が無い状態であれば、人間の感性が開放され自由に振る舞えるのです・・・

私はマティスからそれを学びました。

マティスの良品は一度観たら忘れる事が出来ない。題名は忘れてもその印象は精神と感覚の最深部に残り、その感覚は成長します。そして当人の自覚のある無しに関わらずその影響はずっと続くのです。

+ + + + + + + + + + + 

そんな感じに私は少年の頃からマティスが気になっており、それからマティス信者になったのですが、マティスの影響というのは、非常に素早く精神と感覚の奥に瞬時に入り、即座に影響を与えて来ますので、マティスから創作的影響を受けるというのは創作者にとっては厄介な事でもあります。

マティスの手法は「極めてシンプルで強い」ので、その影響を少しでも受けると自作がマティス臭くなります。しかも、それがしぶとく、簡単には消えません。制作時に、常にマティスに付き纏われる事になる・・・

例えば、有名な切り絵・・・あのワカメみたいなものや、色面分割のような色分けなど、あれ程のシンプルな色、形、大胆さで完成させられてしまうと、自分が切り絵、あるいは切り絵風な作品を制作してもマティスの切り絵作品に飲み込まれてしまうのです。5%でも自作にマティスの成分が入ってしまうと、私のその手の作品から、鑑賞者はマティスの切り絵を連想してしまうのです。

これを乗り越えるのには、相当苦闘しました。

マティスからは、その創作姿勢からはもちろん、具体的には「構図」や「空間構成」「画面に何かを描く際に“描かれている物自体よりも、描かれている物と物の間にある空間の方を意識する事”」「線の自由闊達さ」そして「自然物の形を自分の形として蒸留して行くための段取り」を特に学びました。(もちろん、もっと沢山の具体的影響を受けましたが、それで別の記事が書けてしまうので割愛)

マティス作品の「良く分からない部分」や「マティス作品から影響」などの、マティスに関する私の戸惑いの全てが現状、解消されているわけではありませんが、歳を重ねる度にかなり晴れて行きました。結局、それは「自分に成長があるとマティスへの理解も深まる」という事でした。

上に散々「マティスの絵が雑なのが気になっていたし、意味不明なところが沢山あって戸惑う」と書きましたが、20代の頃の、ある出来事を堺に、それらの意味を体感し、気にならなくなりました。

ある時・・・日本のどこかの美術館でマティスの原画を観ている時に、まるで自分がその絵を描いたかのような錯覚に陥る体験をしました。その瞬間、マティスの感覚が私の中に物凄い勢いで流れ込んで来ました。理由は分かりません。その起こった出来事から、マティスの雑さやその他「分からないところ」が分かるようになったのです。(もちろん全てではない)

「ああ、マティスはこの感覚を描きたかったんだ。だからこういう表現なんだ」と・・・

「この感覚は、安楽椅子ではなく“極度の感覚的/知的な興奮”じゃないか・・・実際マティス自身が“感覚の凝縮状態”と言っていたアレか・・・」

空間の歪みや絵をまとめるためのご都合主義に観えていた部分も実際には「この感覚を表現するには、それしかありえない」ところまで模索し突き詰めた結果だったという事が心底理解出来たわけです。

なんだかんだ、私はいわゆる美術の約束事・・・お作法の奴隷だったわけですが、マティスの絵によって自由を得られたのです。芸術作品によって芸術鑑賞のお作法の呪縛から逃れる事が出来たわけです。

その視点でマティスの絵を観ると、一見雑に描いてある絵も、実際にはかなり慎重に「残す部分」「消す部分」を選分けて描き進めている事が分かります。(マティスは油彩画を描いては消し、と描き進める事が多い)描き進めるにあたって起こる色々な偶然の効果も沢山残してあります。一見、書き損じに観える部分も実際にはその部分があるから緊張感を持って絵が成立しているなど・・・ちょっとした筆の動きの変化、輪郭線の色の変化や太さの変化・・・一見雑に塗ってある大きな面の色のムラ加減も計算のうちであり、最終的に「これ以上描き進めてはいけない瞬間がやって来たら、それが絶対的な終了の合図」なのですね。絵自体に塗り残しがあろうと、一般の感覚からすると完成していないように観えようと「“その時”が来たらそれで終了」という事だったんだ、そこに他人の意見など関係無し!なぜなら色々やり尽くした上で納得して完成とした「俺の芸術」だから・・・という事だったんだなと理解出来ました。

実際、マティス自身の言葉として、上記のようなものがあるのを後から知りましたが、それは対話のなかから出てきた言葉だったりして、自身の芸術論や絵画論からの話ではありません。

マティスは自分の感覚に絶対的に忠実であり、それをいかに純度高く作品化するか、という事をやり切った人なのだと思い知りました。もちろんそれは「独りよがり」という意味ではありません。

マティスは自分の尊敬する芸術家の諸先輩がた、古典や色々な文化を良く研究し取り入れつつも、制作上の北極星は、自らの感性自体だったんだなあ・・・

ああ、だから観ている俺の戸惑いなど通過して、俺の精神や感覚の最深部まで一瞬で届くんだ・・・

と思いました。

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そうそう、2012年に日本で翻訳が出た「マティス・知られざる生涯」は、とても良い伝記本ですので、マティス好きの方にオススメです。まだ読まれていない方は是非。

この本は以前言われたマティスに対する固定概念を覆す良い本です。

マティスとピカソの関係とか(ピカソはマティスを父+兄みたいな存在として大変慕っていた)マティス本人の事だけでなく、その他の芸術家との付き合いとか、マティスの日常生活とか、親族や妻との問題とか・・・実に興味深い内容に溢れています。

若い頃のマティスのフォービズム組とピカソのキュビズム組のバトルも面白いですし。本人たちのバトルというよりは、取り巻きたちのバトルの面が強かったようですが。(本人同士は尊敬し合っていた)

第二次世界大戦中に、フランス人画家でドイツ擁護に回っていた人たちが戦争が終わってからフランス人民から糾弾されたり・・・

そんなエピソードも沢山出てきます。

ピカソの元パートナーであったフランソワーズ・ジローの「マティスとピカソ―芸術家の友情」も良い本です。ジロー著作のピカソの本でも、マティスの事が沢山出てきます。外から+半分内から、女性の眼で観たマティス像が非常にリアルでオススメです。通常の美術評論家や芸術家のマティス論とは視座が違うのが面白いのです。

それと「マティスは色彩の革命を起こし、ピカソは形態の革命を起こした」みたいに分けて評価したり語ったりする事に私は反対です。

偉大な芸術家を何かの枠に押し込み「大きなひとつの存在」を分離させ理解しようとするのはその芸術家の一部分しか光を当てない事になり真の理解を妨げるからです。

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今回は、マティス♡ラブの記事でしたー!結局長くなってしまいました・・・


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