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小説「ムメイの花」 #21好奇の花

3、2、1……

こころの中のカウントダウンに従って、
僕は思いっきりカーテンを引っ張った。

「ルゥルゥッ」

歌声が途絶え、
トンキュルトンキュルという音と共に
部屋の人が振り向いたのがわかった。

手指は冷え、心拍数は上がったまま。
ぎゅっと瞑った目を
すぐに開けることはできなかった。


「……やだ、もうっ!
 あけるならノックぐらいしてちょうだい!
 あら、カーテンにノックはできないかしら。
 まあいいわ、グッドモーニスタ」

「え?」

僕は右目をうっすら開けた。


目の前にいたのは
車椅子に乗った小さなおじいさん。

僕は両目をぱっちり見開くと、
おじいさんが花を1本口にくわえ、
車椅子を操作し部屋から出てきた。

トンキュルトンキュル。
これは車椅子を動かす音だった。

僕はカーテンを掴んだまま、
しばらく動けなかった。


……バタン!
突然の大きな音。

おじいさんが
何かにぶつかったかと思い、
僕は振り返った。

音の正体はブラボー。
緊張のあまりその場で気絶。

横たわるブラボーをみんなが注目をした。
より、身体の大きさを実感する。


「花くわえてるぅ、不思議なおじいさん」

デルタは断りなく写真を撮っていた。
おじいさんも特に気にする様子もなく
ステージ奥のキッチンスペースへ。

湯気が立つ、鍋の元へ向かう。
そう。気になる香りがする鍋。

僕の予想は間違っていなかった。
おじいさんは蓋を開け、
くわえていた花を鍋に入れ始めた。

「最高にべっぴんさんに撮ってちょうだいね。
 それとアタシはおじいさんではないわ、
 バニラよ」

「おじいさんが噂の霊媒師?」
チャーリーは単刀直入に聞いた。

「アナタ今、何を聞いてたの?
 だからおじいさんじゃないの、バニラ!
 霊媒師でもないわ!バ・ニ・ラ!」

おじい……バニラはチャーリーが
花を持っていることに気がついた。

「そのお花アタシにくださるの?
 ジェントルマンね」

チャーリーの返事なんて関係なく、
バニラは上機嫌で天を仰ぎ語りだした。

 「やっぱりお花は最高にハッピーなものね!
  もう今日死んでも良いくらい最高!
  いつもありがとうっ!」

まるで用意されていたかのようなセリフ。
変わったムメイ人だ。


バニラは頃合いをみて、
鍋から器具を使って液体を吸い上げ、
小瓶に入れ始めた。

液体が移動する度に香りを感じる。

花が散ったときの、
顔をしかめそうになる独特な香り。

でも一瞬にして石鹸のような
ふんわり安らぎのある香りに変化した。

香るように感じる、くらいの
控えめで品のある香りの強さだ。


「それは何なのぉ?不思議な香りぃ」

デルタは懸命に写真を撮る。

バニラは微笑んだ。
香りと同じく品がある微笑みだった。

「蒸留させてお花の香りを集めているの」

いくら右手の花に、
僕の鼻をぴったりとくっつけても
同じようには感じなかった。

「カメラに収めるには
 どうしたらいいんだろぉ」

チャーリーはバニラの横で
鍋の中を見ようと
背伸びをしながら言った。

「本当に花?ボクが持つ花と同じ?」

「同じお花。加えているのは
 好奇心をひとつまみ。
それだけよ」

僕はいよいよ黙っていられなくなった。

「緻密に計算された香りに決まってる。
 じゃないとこんなに気になるはずがない。
 こうなるような数式があるはずだ」

「そこにもお花のジェントルマンが。
 香りという感情を数式にしようですって?
 難しいお話はアタシ嫌いなの。

 アナタも”お花をちゃんと見て”
 ”好奇心”を与えてあげなさい?


 出会ったことのないものに出会えるわよ!」

「香りが感情?花を見て、だって?」

「いけない!お部屋に忘れ物。
 アタシったらうっかりさん」

トンキュルトンキュル。

マイペースなバニラは
カーテンで遮られていた部屋へ
戻っていった。


何だこのムメイ人は。
いまいち素性が掴めない。
でも僕の求める花の答えを知っている……?

もしかすると、僕に足りないのは
「好奇心」ってことなのか?!!


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