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小説「ムメイの花」 #20勇気の花

僕たちは霊媒師がいるであろう
建物の入り口に立った。

「霊媒師がいるイメージとは違うねぇ。
 誰かいるのかなぁ」

デルタはカメラを覗き、
見渡しながら言った。

「怪しいから帰ろう、
 パパに怒られちゃう。
 こんなところにいる訳ないよ。
 ブラボーが言い始めた噂の霊媒師は
 ガセだ、ガセ!」

チャーリーの発言に対して、
ブラボーは言い返す。
八の字眉でなければ
もう少し強い印象があっただろうに。

「ちょっと待ってよ。
 チャーリーもこの話が出たとき、
 何だかんだでのってきたじゃないか!」

「何でもいいやぁ。
 目で確かめよぉ。ねぇアルファ」

デルタの言葉はいつもながらゆっくりだけど
行動はどんどん前に進もうとする。 

「あぁ、うん……誰もいないかもしれないし」


その言葉を見計らっていたかのように
建物の煙突から煙がもくもくと立ち上った。

煙からはあの香りが漂う。
花が散るときをイメージさせる香り。

鼻につくと思ったら、甘い香りに変わる。
僕が歩いている途中に感じた香りと同じだ。


中に誰かがいると知ったら知ったで
僕たちは建物の回転扉の前で
しばらく立ち尽くしてしまった。

「で、誰が先に行く?
 ブラボーが言い出したよね?」

彼らの言い争いは静かに続いていた。

元はと言えば
僕に取り憑かれた花の幽霊を祓う目的だ。
僕は自分に飛び火しないよう、
細心の注意をはらう。

「チャーリーは
 みんなに真似されたいんだったよね?
 かっこいいお手本をぜひ見せてよ!」

「ブラボーこそ注目されたいんじゃないか。
 このくらいできないから、
 八の字眉なんだな!」

「いくよぉ」

ここでもやっぱりデルタが頼りになる。
入るときはさすがにカメラを下ろしていた。


中に入ると
気になるあの香りが
部屋中に充満している。

部屋の中央には
小さな円形のステージが設置されていた。
1人立つのがやっとなくらいの大きさだ。

ステージの周りには机と椅子がちらほら。
倒れていようが、埃まみれになろうが
どうでもよさそうにしている。

「何かの店かな」

僕が呟くとみんなは黙ってうなづき、
さらに周りの状況を各々調べていく。


ステージの左側にはキッチンがあり
火を使えたり、水道を使えたりするスペースがあった。
実験器具が並べられていて
調理をするスペースなのかよくわからない。

大きめの鍋からは湯気が立っていた。
まだ火が消されて間もないよう。
香りの素はこの鍋から漂うものだった。


ステージの右側には
奥に部屋があると見え、
カーテンで遮られていた。

カーテンには
『♡VANILLA ONLY♡』の紙が貼られている。


「なんだかおかしなところぉ。
 証拠写真撮っておこぉ」

デルタは小声で言い、
写真を撮る手を止めることはなかった。


「ルゥルゥルゥ〜」

突然、カーテンの奥から聞こえてきた、
不気味なくらい美しい歌声。

歌詞はなく、ちょっと奇妙な音階。
でも神秘的な歌だ。

「あそこに人がいそうだね、
 誰が声をかける?」

チャーリーはまた
"誰が行く問題"を議題にあげた。
今度は誰も返事をせず、立ち尽くす。

トンキュル トンキュルと何かを操作する音が
歌声と共に聞こえ、カーテンが揺れる。


「ルゥルゥルゥ〜 ハナヲ〜 ミルゥ〜」

「え!なんだって?!!!!」

僕の大きな声にみんなはビクッとし、
ブラボーは驚きのあまり尻餅をついた。

「なんだよ、アルファ。大声出すなよ」
「チャーリーの言うとおりだよ。やめてよ」

「ごめん、ごめん。
 今、"花を見る"って聞こえなかった?」

誰も聞こえなかったようで
みんな首を横に振った。

「空耳だったのか……」

僕は右手の花を見た。
力強く握ったせいで
より花がへこたれている。

そんな僕の姿を撮影し、
こそっとデルタは言った。

「カーテンの向こうはお花畑かもよぉ。
先が見えないなら勇気出しちゃったらぁ?

「勇気?」

そうか、デルタが言っているのは
遮られているものがあるから動けないんだ。

これを乗り越えるものは勇気で、
勇気は出さないと出ないものなんだ。


僕はみんなと向き合った。

「僕がカーテンを開けよう」

拳と一緒に右手の花を
改めて強く握りしめた。
今度は不安の拳なんかじゃない、勇気の拳。


カーテンに近づくと、
歌声とトンキュル トンキュルが近くなる。

「いくよ」

カーテンの端を掴み、
ぎゅっと目を瞑ってから
こころの中で始まったカウントダウン。

3、2……


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