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小説「ムメイの花」 #7記憶の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。

最近、花ばかり見ていると
僕の世界が狭くなっているような気がしている。

僕と黙り続ける1本の花だけで、
世界が完結してしまいそうだ。


「はょぅ……おはよう!アルファ?」

ブラボーが顔を覗き込み僕の肩を叩いた。
「あ、あぁ。おはよう、ブラボー」


今朝はブラボーが近くにいたことにも気がつかなかった。

会話を続けていると
カメラのフラッシュを感じた。
カメラを構えたまま、デルタが近づいてくる。

3本の花を持ったチャーリーも近づいてきた。

どうしたことか、
今朝は僕の家の前に大集合だ。


僕はこの前の出来事のことをデルタに聞いてみた。

「おはよう、デルタ。
 この前はママに怒られてたけど、どうしたの?」

デルタはまだカメラを構えている。
チャーリも挨拶なんて忘れて僕の質問に続いた。

「ボクも見ていたよ!
 どうして怒られているのに、ずっと黙っていたの?
 隠し事は良くないんだよ!」

「黙ることが良いときもあると思うよぉ。
 そんな経験、あるでしょぉ?あ、おはよぉ」

僕も、本音を言えば
チャーリーの質問の答えを知りたかった。

「あの、そう言えば……」

ブラボーが口を尖らせながら話しだした。

「そう言えば、アルファはどうして花を持っているの?」
「いや、なんとなくだよ」

真面目に言ったところで、僕が求めている答えが
返ってくるなんて思えなかった。

チャーリーの質問の波が
今度は僕に向けられた。

「本当になんとなく?どうして隠すの?
 そんなに知られたくないことなの?」

デルタは変わらず、ずっとカメラを構えている。
チャーリーは続けた。

「それも黙るのは悪くないっていうのか?
 隠し事は良くないんだぞ!」

「僕だって、

 はやく答えを教えてもらいたいんだよ!」


思った以上に声を張っていたようで
みんなは驚いた顔で僕を見ている。


僕はどこを見たら良いかわからず、
右手の花に視線を落とした。

花を見ているとまだ枯れていないのに
灰になったときの香りを感じた。

散った瞬間、一度嗅いだら忘れることのない香り。
苦さや青臭さ、えぐみを感じる香りだ。

「花」という名の釘を人々の鼻に打ちつけ、
命散ることをはっきり示す。

いつかのある日。
地球に行ったことがあるという
ムメイ人に聞いたことがある。

地球には「ドクダミ」と
呼ばれるものがあるらしい。

ムメイの花が散った瞬間の香りは
ドクダミに近いとか。

でも、その独特な香りを発するのは一瞬で
すぐに消え、何事もなかったかのように
黒い灰になる。


香りは僕の記憶を手繰り寄せた。

「ハナ ヲ ミヨ」


いつ、どこで、
何月 何日 何時 何分 何秒のことかは
忘れてしまった。

記憶の中の僕は小さく、
柔らかくて温かいものに全身が包まれ、
上を見上げていた。

見上げた先には、あるオトコの姿があった。

影で覆われ顔は覚えていない、謎のオトコ。
彼に言われた言葉。


記憶が教えてくれたのはここまで。
この先がいつも思いだせない。


居心地の悪い空気を脱するため、
僕は記憶のことをみんなに話した。

花なんて生きることに関係ないと思うけど、
 僕に足りない花の答えが
 人生を豊かにするようにも感じるんだ

ブラボーは本の中の登場人物のようにこう言った。

「アルファの記憶の中には
 枯れない花が咲いているってことだ」

続けて他のふたりも口を開いた。
まだデルタはカメラを構えたまま。

「私のカメラの中身と同じぃ、枯れなぁい」
「いやいや、ボクだって枯れない花なら
 紙でも何でも作れるよ!」


花を見るチカラは僕だけが持っていなくて、
実はみんなも持っているものなんだろうか?

みんな持つことができるなら
僕は習得するまで花を持ち続けるしかない……

再び右手の花に視線を落とすと
花が僕を見上げていた。

その姿は「君には期待しているんだよ」
と圧を感じるものだった。

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