見出し画像

首都圏の旨味

長いこと、自分は田舎出身の田舎者だと思って生きてきた。

家を継ぐとか、お墓を守るとか、ともすればそういう「古い価値観」にからめとられそうになる場所としての、田舎。

だから母は、娘であるわたしが田舎を抜け出せるよう、自らを犠牲にした、というような言い方をすることがあった。例えば、あまり父方の実家になじませないとか、地元ではなく東京の学校へ進学するように仕向けるとか・・・

だから、実家から東京の学校へ通学し、東京で就職したわたしの人生は、ある意味、母の犠牲による産物と言うことができる。

そしてわたし自身も、地元ではなく東京で学生生活を送り、東京で就職できたことを、母や自分の努力の結果だと思ってきた節がある。


もちろん、一部においては確かにそうなのだろう。

でも、わたしはずっと見ないようにしてきたのではないだろうか。

確かに地元は山間の狭苦しい場所で、家を継ぐとかお墓を守るとかの考え方が現役で生き残っているけれど、電車に一~二時間揺られたらあっという間に東京へ出ることができる場所だということを。都市部へ出るためにもっと時間とお金のかかる場所が、日本中にはいくらでもあるということを。「首都圏」と検索した時に、地元の県名もしっかり含まれているということを。

母が犠牲にならなくても、自分がそんなに努力しなくても、多かれ少なかれ東京と縁のある人生を送ることはできたのではないか。わたしたち親子は最初から恵まれていたと、もっと認めたほうがいいのではないか。

・・・というようなことを、地方に暮らす今、時々考えることがある。

地方といっても都市部に住んでいるから、東京へは飛行機で1時間で行けてしまう。距離は離れても、東京との心理的距離はそれほど遠くなっていないつもりでいる。

昨年産んだ子供、Eさんが先日一歳になった。

Eさんはこれからの二十年近くを地方で暮らしてゆくことになるはずだ。父親や母親が「東京ではね」、「大阪はね」と言うのを、Eさんはどんな気持ちで聞くだろうか。

その口調は、できるだけ嫌なものにならないようにしたい。期待は抱いてもらいたいし、同時に危険性だって伝えたい。大都市で生きることだけが人生じゃないし、地方で暮らすことだけが生き方じゃないとも教えたい。

でも、わたしはやっぱり心のどこかで、Eさんが高卒で就職したり、地元大学に進学したりする未来が来なければいいと思っているのじゃないか。Eさんにもそのうち「田舎者になるな、地方を抜け出せ」と言ってしまうのじゃないか。首都圏出身ゆえに、首都圏に暮らしていたころの旨味を忘れられないのじゃないか・・・


大都市も、地方も。両方味わうような生き方ができるようになれば。少なくともわたし自身はそういう生き方ができたらなと思っている。

(一か月間大阪に住んでみたい、海外へ短期留学してみたい、とも時々言っている)

ただし、両方のいいとこどりをするには移動がつきものだ。移動にはお金がかかる。


貞包英之氏によれば「学歴、そしておそらく資産や特別のコネをもたない者は、地方を出づらい傾向が高ま」り「『移動できる者』と『できない者』の二極化が進んでいる」という。

現代ビジネス編『日本の死角』、講談社現代新書、2023年。


ここで言われているのは進学や就職といった人生の大きな決断のことかもしれないけれど、二拠点生活や移住など、「他の都市へも容易にアクセスできるのであまり心配する必要はありませんでした」といった形で地方暮らしが推奨される際の金銭負担についても、同じことが言えそうである。

🍩食べたい‼️