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桜の妖精 5

二日目の朝。
彼女は時間よりも早く着いていた。
軽自動車で迎えに来た彼女は、僕の姿を見つけると、満面の笑みで手を振っていた。
助手席に乗り込んだ僕に
「おはよう。昨日は眠れた?」
と彼女。
「うん。たくさん歩いたからグッスリ眠れたよ」
「良かった。じゃ、出発するね。どこに行くのかは、お楽しみに」
そう言うと、車はゆっくりと走り出した。

彼女は色々な所に連れて行ってくれた。
彼女の通った学校、行きつけの店、お気に入りのスポット。

夕暮れの頃、一番のお気に入りスポットへ僕を誘った。
そこは小高い山で、彼女が住んでいる町が見渡せた。
「あぁ気持ちいい」
車を降りると、彼女はゆっくりと深呼吸をした。
「今日はありがとう。君のことがたくさん知れて良かったよ」
「本当に?それなら嬉しい。あっ見て!昨日出逢った桜道が見えるよ」 
「本当だ」

桜花と出逢ってからの時間はとても色濃く、僕のこれまでの人生の中でも、上位の出来事なのは間違いないだろう。
「座ろうか」
等間隔で並んでいる、木のベンチに腰掛けた。

「楽しかったね」
「うん」
「明日帰るんだよね?」
「うん」
「見送っても良いかな?」
「うん」
「ねぇ、さっきから『うん』しか言ってない。ちゃんと聞いてる?」
「・・・ごめん。なんだかずっと夢を見てるみたいで」

すると彼女は、スッと距離を詰めて、僕の両頬を引っ張った。
「夢じゃないでしょ?」
潤んだ目で見つめられた瞬間、僕の内側から込みあがってきた感情に突き動かされるように
桜花の手を掴み、キスをした。
唇がゆっくり離れると、しがみつくように僕を抱きしめる桜花。
「もっと時間が欲しかったな」
桜花がポツリと呟いた。
僕は返事の代わりに、ギュッと抱き寄せた。

「また絶対に逢いに来るよ」
「いつ?」
「桜の季節に。君と桜に逢いに来る」
「待ってるからね・・・約束!」

約束の印として、僕達は、もう一度キスをしたんだ。


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