「ダメ」という言葉の強さ、プレッシャー
なんとなく苦手で使わない言葉がいくつかある。
「意識高い」とか、「常識」とか。
そして、慎重に使う言葉もある。
私の場合は、「ダメ」という言葉。
それを私に教えてくれたのは、ある小さな男の子だった。
(以下のお話は、本人が特定されないようにちょっぴり調整しています。)
東京の出版社を辞めた私が次に就いたのは、英会話スクールの運営スタッフ業務。
まあここがなかなかの労働環境で、数年後に私は完全に自分を見失うことになるのだけど、そのお話はまた別の機会に。
さて、入社して半年くらい経った頃。
ちょうど講師を探している教室があり、運営に関する業務の傍らで私もレッスンを担当することになった。
下は赤ちゃん、上は中学生まで。
その男の子は、3歳前後の子どもたちを集めたクラスに通っていた。
いつもニコニコしているけれど、教室では一言も話さない。
そして不思議と目が合わない。
みんなで輪になってレッスンをしようとしても、一人でふらりとどこかに行く。
ときには、用意していた教材をつかんでバラまいてしまう。
こっちに来るように誘っても、へへへってかわいく笑うだけ。
うーん、困った。
どうすればみんなと一緒にレッスンを受けてくれるんだろう。
どうすれば言うことを聞いてくれるんだろう。
まだ先生になったばかりの私は、なんとかまとめよう、みんなと同じことをしてもらおうと必死になっていた。
思えば、私はあの子の気持ちにちっとも寄り添えていなかったのだなあ。
お母さんの話では、幼稚園でも同じ様子みたいで。
ますます私がなんとかしなければと思い上がってしまったのだった。
ああ、恥ずかしい……。
その子が興味を持ちそうなレッスン構成にしてみたり、なにかを持たせてみたり、声に強弱つけて注意をひこうとしたりとあれこれ試したけれど、どれも見事に空振り。
みんながレッスンしているそばで、教材を触って遊び出してしまう。
注意しても、ニコニコするだけ。
やっぱり私と目が合わなくて。
数か月経っても、その子の態度は全く変わらなかった。
1対1のレッスンじゃないし、その子だけに時間を割くわけにいかないし、あーまたなんか触ってる、あーもうどうすりゃいいんだーーーとか思いつつレッスンは続く。
チラッと見ると、やっぱり部屋の隅でなにやら散らかしている。
注意しなきゃと思って近づいたのだけれど、笑っている顔を見ていたらなんだかかわいくてたまらなくなって、少しせつなくなって、思わずギューってしてしまった。
先生、ここにいるよ~。
大丈夫。
大丈夫、大丈夫。
完全に日本語。英語そっちのけ。
いま思い出しても泣きそうになるんだけど。
そのときはじめてその子と目が合って、ちょっと時間があいて、ニコニコ笑っていた目から突然ポロポロポロって涙が出てきて。
うぇーんって泣き出してしまった。
「ダメ……から、ダメから」
「ん?」
「○○くん、ダメから……」
ダメな子。
もしかすると誰かにそう言われることがあったんだろうか。
これもダメ、あれもダメって言われ続けて、でも気持ちを言葉にできなくて、やり場のない想いを抱えていたんだろうか。
私、気づかないうちにダメって言ってなかった?
ちゃんと気持ちを考えて声かけしてた??
私は若くて、経験不足で。
なんも言えなくて、ただヨシヨシすることしかできなかった。
それからどうなったかというと。
やっぱり輪の中には入らなくて、相変わらずほかのみんなとは違う動きをしていた。
泣いたことも忘れているのかもしれない。
ドラマみたいな展開は、なかなかないもんだ。
変わったのは私のほうだったのかもしれない。
その子が違う場所にいても、ほかの子と同じように話しかけ、無理に輪に入れようとすることはなくなった。
教材は次に使うものだけをわざと手の届く場所に置き、その子が触ったらすぐさま「Thank you!」と言ってその教材を使うゲームに切り替える。
そうすれば、お手伝いしてくれてありがとう~って褒めることができるし、あわよくばギューってしちゃえるから。
それからしばらくして、私は支社の責任者となり、教室をほかの先生に引き継ぐことになった。
いろいろあって会社も辞めてしまったので、あれからどうなったのかはわからない。
いまから15年くらい前の話なので、私の身長などはるかに追い越して大きくなっているんだろうな。
でも、私のなかでは、いまもニコニコしていた幼い頃のまま。
ダメって泣いてたかわいらしい子のまんまだなあ。
がんばる、がんばって。
そういう励ましがかえってプレッシャーになる話は時々聞く。
ダメっていう言葉も、思った以上に響くことがあるなあと。
そう私に教えてくれたのは、笑顔がめちゃめちゃかわいい、小さな男の子でした。
どうしてるかな。
私のことなんてきっと覚えてないんだろな(笑)
いまもどこかで、元気にニコニコ笑っているといいなあ。
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