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はじめに/経歴紹介

まずは私がどんな人間なのか?を知ってもらうために私の経歴を簡単にご紹介します!2024年5月現在、オーストラリアの大学院に留学していますが、そこに至るまでにはさまざまな道のりがありました。


英語学習歴

高校までの英語学習については、ごくごく一般的な日本人と同じ経験をしてきたと思っています。日本生まれの日本育ち、中学1年生の英語の授業で初めて英語に触れました。中学校のときは英語の成績は中の上~上の下といったところ。定期テストでは70~90点を行き来し、「どちらかというと得意」くらいの科目でした。

高校生になると、少し成績が落ちます。10段階評価の学校だったのですが、いつも大体「7」くらいでした。平均よりも少し上、といったところです。ALT(=Assistant Learning Teacher)とおしゃべりをするのは好きでしたが、細かな文法や語彙はあまり覚えておらず、テストで目を見張るような高得点を取ることはなかったです。

そんな私が今ではネイティブと一緒に英語で授業を受けるまでの英語力になったわけですが、そこに至るまでには2つのターニングポイントがありました。

ターニングポイント①大学受験

ひとつめの転機は大学受験でした。

実は高校は都立の進学校に通っていました。そのため、大学受験をするのが当たり前の環境で、私も迷わず進学することに決めました。高校2年生の夏頃からオープンキャンパスへ行ったり、資料を集めたりする中で私が第一志望に決めたのが上智大学。そう、「英語の上智」といわれるほど英語に力を入れているアノ大学です。

当時の私の成績では正直合格は厳しい状況でした。絶望的とは言わずとも、かなりの気合と努力が求められるような立ち位置でした。幸運なことに私の部活の引退は周りより少し早かったので、高校2年生の冬から本格的に受験勉強を始動。私立文系だったので英語、国語、世界史の3教科のみに絞り勉強を進め、高校3年生の秋ごろにはなんとか模試でC判定が出るくらいまでに。

特に第一志望が上智だったため、英語はかなり力を入れて勉強しました。嫌いだった文法をイチから見直し、単語もターゲット1900を全部頭に入れて受験に臨みました。結果的には第一志望に合格、無事上智大学へと進学したわけです。

この大学受験の経験を通じて、語彙力と文法力は非常に強化されたと思っています。自分でいうのもなんですが、高校3年生までの文法はほぼ完璧だったと思います。

ただし、この時点ではまったく「話す」ことはできません。「読む」ことはできますが実際のコミュニケーションをとることは全くできませんでした。典型的な日本人英語学習者の出来上がりですね。そんな私に次なる転機が訪れます。

ターニングポイント②世界大会参加

本筋と逸れるので割愛していましたが実は大学時代に「アルティメット」という競技に出会い、社会人1年目の年に日本代表に選ばれました。日の丸を背負って世界を相手に戦ったわけです。それが2つ目の大きなターニングポイントでした。

アルティメットという競技には実は審判がいません。「Spirit of the game」(=スポーツに対するフェア精神)にのっとり、選手同士が互いにジャッジしあうシステムになっています。そのため、試合中に対戦相手と話し合いが必要になる場面があります。

世界大会となると、当然そこでは英語でのコミュニケーションが求められます。しかし日本選手団は残念ながら英語が堪能とはいえません。しかし競技の特性上、話し合いが必要になる場面がある。そこで私に求められたのが日本選手団の通訳でした。選手として試合に参加しながら、必要に応じて他の選手のために通訳もしなければならなかったのです。

なぜ私にお鉢が回ってきたのか?それはずばり「上智出身だから」。ただそれだけです。英語がペラペラだったわけでは全くありません。とはいえ、私も多少の自信はありました。文法や語彙は十分に頭に入っているから大丈夫だろうと。しかし、現実は全く甘くなかった。

驚くほど言いたいことが口から出てこない。
驚くほど相手が言っていることがわからない。

試合の緊迫した場面でもそんなことを経験しました。
時に半べそになりながら試合に参加していました。

このとき私は気づいたのです。

私、英語を『知ってる』けど『使えない』

と。

それが契機となり、そこから私は英語を「使う」訓練を始めました。具体的にはスピーキングに取り掛かり、自分なりに試行錯誤を重ねました。ちなみにすべて独学です。

そして、1年後に参加したアメリカ遠征では海外選手とソツなくコミュニケーションが取れるまでに。以来、英語学習は常に取り組んでおり今ではオーストラリアの大学院に在籍しているわけです。


ちなみに、競技を知らない人からすると「なぜプロの通訳を雇わないのか?」と疑問に思う人もいるでしょう。それにはマイナー競技ゆえの苦悩があります。

アルティメットはまだまだマイナー競技であり、スポンサーさんを見つけるのはいつでもなかなか難しいです。そのため、競技にかかる費用はすべて自己負担。世界大会であっても、渡航費や滞在費、参加費などはすべて選手負担です。世界大会に行くとなると一回で50~60万円はかかります。

もし、プロの通訳をつけるとなるとその費用も選手が払うことになります。渡航費+滞在費+報酬となると80万、90万とかかってしまいます。20人強で割るとはいえ、選手の負担は少なくありません。そのため、プロの通訳を雇うというのはなかなか現実的ではありません。

現在

2012年に初めて世界大会に参加してから、そこから足掛け10年、日本でアルティメットに従事していました。そして2022年の世界大会を最後に日本での活動を引退し、オーストラリアの大学院へと進学しました。

こちらで勉強しているのはTESOLです。これは
Teaching
English to
Speakers of
Other 
Languages
の頭文字をとったものです。

つまり、英語を母国語としない人たちにどうやって英語を教えるのか?を研究する学問です。

私がこの道を選んだ理由は
やはりアルティメットの人たちにもう少し英語を話せるようになってほしいなという思いからです。

先述の通りプロの通訳を雇うのはあまり現実的ではありません。
また、競技の特性から考えても、通訳を挟むのは理想的ではないと私は感じています。というのも、選手同士の話し合いには時間制限があるからです。1回の話し合いにつき45秒、言語の壁がある場合には+15秒(つまり1分)と決められています。

その限られた時間の中で日本語から英語、英語から日本語、と言葉をやりとりするのは非常に不便です。明らかに時間が足りません。言いたいことが伝えきれず、時間オーバーになることもしばしば。すると、双方にフラストレーションが溜まったままになってしまいます。

また、プレイ中に何が起こったのかを説明しなければならないので、微妙なニュアンスや本人の感覚でしか語れないこともあります。その点を踏まえても、やはり自分で伝えられるようになった方がいいだろうと私は強く思います。

何より、英語が話せる喜びをみなさんに知ってほしいという思いもあります。

そんな思いから、英語教育の道を選びました。
現在は日々大学院での勉強をしつつ、オンラインで英語講師及び英語コーチをしています。

また、日本には世界を舞台に活躍したいという若きアスリートがたくさんいます。アルティメット選手はもちろん、そういった他競技の選手のサポートもしていけたらなと思っています。

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