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【思い出物語】うつ病になる

こんばんは。皆様お元気でしょうか?
新年度が始まり、色々とドタバタとしている私です。

さて、今日は今から3年前。
社会人2年目の時に起こった出来事
「うつ病になる」について話せればなと思います。

当時私は病院に所属する保育士として働いていました。
元々この特殊な保育士になるために大学を選び、就活をしてきたので、本当に志望する仕事ができて嬉しかった気持ちは今でも覚えています。

けれどやりたい仕事と自分に合う仕事は違うのだろうなと感じ始めました。

優先順位がわからない
勉強がどこまで掘り下げるのか分からない(看護系あるあるかなとは思います)
すぐに忘れてしまう
臨機応変に対応するのが苦手

このような様々な苦手なことが仕事の中で明確になっていきました。
そして怒られる、諦められる日々。
やりたかった仕事なのに、周りから期待が下がっていくことが手に取るようにわかり、それがとても息苦しかったですね。

1年目の冬あたりからふとした瞬間に涙が出てしまうようになりました。
自分では泣きたくないと思うのに勝手に涙が出てしまう。
だるいな、泣けば済むのかと言わんばかりの目。
こんな先輩の視線が自分の心をさらに苦しめていきました。

まあ正直、今改めて振り返ると、上司たちはどう扱ったら分からなかったんだろうな、というのが1番強いです。
仕事を任せたくても、どうしても抜けてしまう。そして当たり前の認識が健常者より薄いため、思ったような結果にはならない。
このような部下がいたら私でも悩むだろうなとは思います。

今ではそんな風に考えられる私ですが、当時の私はネガティブにしか考えられず、さらに上司との面談が同期に比べてどんどん長くなり、しまいには発達外来を受診するように促されました。(あの時は割と絶望してたけど、今では受診を勧めてくれたことに感謝しています)

受診した病院の主治医にはADHDのことに関して言われると思っていたのにも関わらず、出てきた言葉は「君はADHDよりうつ病の方がしんどくなっている。できればすぐに休職した方がいい。」でした。

上司に相談するとすぐに休職するように決まり、受診した次の月から3ヶ月間、休職しました。

自分では自覚症状がなかったので、「そこまで休む必要はないのでは?」と思っていましたが、休職1日目から急に起きれなくなり、身体を起こせるのが夕方からという日々が続きました。
正直、そんなことになるとは思わずすごく動揺したのを覚えています。同時にこれからどうやって生きていくべきかが分からなくなり、生きている意味すら危うくなりました。
自殺までは考えないけど、消えた方が楽だろな、という気持ちが募る日々。
だけど友人に自分の気持ちを伝えるのはやっぱり苦手で、友人に会うと「いつもの自分」「明るい自分」を見せようとしてしまっていました。
この休職期間がなかなかキツかったなあ、と今でも思います。笑

まあ復職してからも色々とあったのですが、今振り返ると「自分が気づいていない状態のうつ病が1番やばいな」と思います。(それぞれ様々な意見があるとは思いますが、あくまでも私の意見です)

「普段の自分」を演じようとして、でも現実はうまくいかなくて、焦りだけが強くなって、感情のコントロールがうまくできなくなって、フラッシュバックを起こしてしまう…どう考えても悪循環ですね。

当時はこれが最善だったなと思ってたし、どうしようもなかっただろうなと思います。

でも逆にこの経験ができたからこそ、今の仕事に巡り会えたのでは?とも思うので、人生やっぱりなんでも経験してからしか得られないものがあるなと思います。

いっぱい色々と言いましたが1番言いたいこと・この思い出を伝えたかったのは、単に「がんばったでしょ!えっへん!」とかではなく、「色んな生き方があるんだよ、でも第一に自分の命・人生を大切にしてね」というところです。

自分の人生は大人になればなるほど自分で決められる選択肢が増えてきます。
絶対正解、みたいなものはないとは思うので、自分の軸はしっかり持ちつつ、様々なことを経験して人生を謳歌したいですね。(絶妙な締め方)

長くなりすぎました。では、また会う日まで。

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