【掌編】付加価値料理

「この料理はなんですか?」

 こちらは『ブルエン産牛フィレ肉のポワレ ド・ブラゴーニュソースと共にビネットを纏わせた温野菜を添えて』でございます。王室ミシェル家に代々納めていた幻と呼ばれるボルワ牛と同等の品質であるとデリッシュ協会に認められた牛肉を使用し、一頭から取れる中でも最小量であるフィレを贅沢に切り落としポワレにした一品です。アクセントとしてフランスの名門シャルド・ホセンヌより熟成20年を施したワイン『ド・ブラゴーニュ』の芳醇な香りを煮詰めて抽出し、モルデラ産エクストラバルサミコ酢と合わせたソースを加えました。また、旬の温野菜としてオーガニック農法にこだわり、通常の市場では出回ることのない国内最高級のズッキーニ、アスパラガス、そしてアンティーク調の家具に仕立てられているデザインのビネット彫刻を施した根菜の温野菜を添えております。

「ではそれをください」

 かしこまりました。調理を始めさせていただきます。本日のシェフはフランソワ・クロード・シモンが務めます。彼は当レストランの料理長でございます。フランソワは幼い頃から並外れた食に対する嗅覚を持ち合わせており、19歳の時にフランスの三ツ星リストランテ『シャンドゥフルール』の門戸を単身で叩き、修行を始めました。その時の料理長ロジェ・デル・ボーボワは彼の才能をいち早く見抜き、最年少でサーシェフとして指名。その後シェフまで上り詰め8年を過ごしたキャリアがございます。その類稀なる素材の活かし方は全国から注目されており、殊更5つ星ホテルの『ミラジェイ・パトリオットホテル』からは彼へのオファーが毎日のようにやってくるとも言われております。

「そうなんですね」

 そんなフランソワよりお客様へメッセージをお預かりしておりますので代読させていただきます。『いらっしゃいませ。本日は当レストランへお越し頂き誠にありがとうございます。貴方様へ本日お目通りできませんのが大変残念ではございますが、その替わり最高のディナーになりますことを保証致します。普段より質の高い食事を召し上がっている貴方様の舌を唸らすことは困難を極めることと存じますが、私の最善を尽くし振舞わさせていただきます。それでは料理のご提供まで今しばらくお待ちくださいませ。愛を込めて。フランソワ・クロード・シモン』
 以上でございます。

「どうも」

 お待たせして申し訳ございません。それではこれより料理をサーブさせていただきます。こちらが『ブルエン産牛フィレ肉のポワレ ド・ブラゴーニュソースと共にビネットを纏わせた温野菜を添えて』でございます。カトラリーには純銀を使用し、王室御用達のロイヤルカトラリー社のブランド最高峰の品をご用意いたしました。ディッシュは限りなく白い”磁器”をコンセプトに展開し、月に数枚しか創られない旭工房より取り寄せたものです。味覚だけでなく視覚からもお召し上がりいただく、そのような思想故の一品となっております。

「へぇ。じゃあいただきます。ぱくり」

いかがでしょうか、お口に合いますでしょうか。こちらの料理の味は名立たる著名人に愛された至高の極地です。かのハリウッド女優であるマーズ・レベッカ様は『この為に映画に出ている』と評され、主役の作品がクランクアップされた際は自分へのご褒美としてこの料理をお召し上がりになります。エスピリア国大統領のコペン・ダラ・ハウスブルグ様におかれましては当レストランにエスピリア国名誉褒章を授け、この料理のレシピを保存し後世へ伝えていくことをお約束いただきました。ほかにも――



「――料理を食べる時、こだわりとかうんちくがあると通常より美味しく感じるだろう? 情報が料理の価値と味を上げる。ならば可能な限り情報を伝えるロボットを作ったら何倍にも美味しくなると思って発明したんだ。さぁ、お味はどうだい?」
「マズいよ」


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