【掌編】夢の値段

「ディ○二―、ついに入場料10万になるってさ」
「うへぇ、まじか。来るとこまで来たな」
「なー。もう中入ったら飯も食えないしお土産も買えんわ」
「無理無理。俺の家ガキが2人だから毎日のように行きたがっててさぁ」
「やー、数年に1回行けたら良い方って感じだな」
「それすら厳しいな。昔入場料1万になるって発表されたとき、とんでもない騒ぎだったのが懐かしいわ」
「うーわ、いつの話よそれ。あったなー。『夢を買うのに1万かかる』だの『足元見過ぎ』だのって炎上してたな。今考えたら全然安い」
「安すぎ。あの頃なら10回も入園できる」
「実質フリーパスじゃん。まーあのサービスを続けるのは相当大変らしいしな」
「だろうな、トークも気遣いもあってこその夢の国だもんな。キャストが人間じゃないと勤まんないよ。たしか特別労働協定の対象だっけ?」
「詳しいことは知らんけど、確かそう。21時までの勤務がOKだったはず」
「朝から夜までご苦労なこったな」
「まぁでも憧れの職だしな。選ばれただけで上級国民入りだし」
「いいよなぁ、類まれなる才能を持ってる奴は。俺だってキャストになれるならなってみたかったわ。言ったっけ、俺キャストになろうと小さい頃劇団入ってたの」
「いや初耳。お前がぁ? はは、笑える。台詞覚えたり演技するのはできたの?」
「名大根役者って呼ばれてたよ。はっきりと才能の無さを感じさせられたね」
「あはは、見たかったなその時のお前。でもそういう夢あったなー。俺もさぁ、電車の運転士になりたくて、毎日電車乗りながら仕組みの勉強してたっけ」
「電車か……昔はな、男の子の花形みたいなとこあったな。もう運転士なんてなれる奴いないけどさ」
「……そうなんだよな。まぁ幼い頃のなりたい職業なんて、叶えてる奴の方が今も昔も少ないしさ。諦めはついてるよ、大人だから」
「そうだな、大人だからな」

『定時になりました。国民総勤務時間です。業務を始めてください。今日も一日頑張りましょう』

「っと、定時だ。さーやるかやるかぁ」
「そうだな」
 自動音声の号令を聞き、俺と同僚は業務を始めた。といっても俺らの業務はそう難しいものではない。この工場内で実際に働くのは俺らではないからだ。
 数百ヘクタールの敷地を持つ工場の中で、大量のラインに流されていくパーツの数々。それらをロボットアームが動作音を高く唸らせながら精密に組み上げていく。こんな光景は今や全く珍しくない。大昔に確立されたテクノロジーだ。
 そのアームの根本には機械のメンテナンスをするアンドロイドがいる。アンドロイドは家庭用の精巧な作りではなく産業用の簡素な人間表現になっているが、そのブレインには最新のAIが組み込まれている。もはや人間がロボットアームを修理する必要はない。俺らの業務は、そのアームを修理するアンドロイドを直すことだ。ろくに壊れることもない。半永久的に動くアンドロイドが壊れるのを待つのが仕事といえるくらいだ。
 今日も個別ブースでぼーっと壊れることを願いながら、さっきの話を思い出した。
 希望を与える夢の国。努力や才能はいつか実を結び叶えることを徹頭徹尾描いた作品から生み出された想像上の世界。それは仕事の多くがテクノロジーとロボットとAIのおかげで無くなったこの現実から最も遠い世界の話になった。ドライバー、運転士、店員、作業員。それらの存在は全て過去の残骸と化して、AIが個性に応じて判定した職業に就くことが義務付けられた現実に、夢を与える存在の国の価値。そんなことを考えてみたら――


 たった10万ドルで夢が買えるなら安いもんだと思ってしまうのだった。


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