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#90 哲学で未来を構想する


自分自身の倫理観に耳を傾ける

第二次世界大戦下のドイツで,兵站部門の責任者がユダヤ人の強制収容所への輸送効率を最優先した結果ホロコーストに拍車がかかった,という戦争犯罪がおこりました。この犯罪はアイヒマン裁判として世界の注目を浴びることとなり,政治だけでなく心理学などの学術分野でも物議をかもしました。このように組織の論理だけを追求する姿勢は,深刻な倫理的問題を引き起こしかねない危険性を孕んでいます。

モノ余りと言われる現代社会の消費者は,自分の価値観に合致しかつ社会的な課題を解決する方向性を持った商品やサービスを好む傾向にあり,それがアイデンティティとなっています。このような消費行動はエシカル(倫理的な)消費と呼ばれ,商品やサービスの品質,機能,価格だけでなく,それらの持つ物語性や哲学が消費選考の重要な要素になっています。エシカル消費は,環境,社会,人権,地域,生物などの様々な課題に対する企業の姿勢を問うものです。消費者は,環境にやさしいエコロジーな商品,児童労働に加担していないフェアトレードの商品,被災地の復興寄付金が含まれた商品などを購買することで,社会への能動的な参画を行うようになっています。

哲学が未来を構想し問題を提起する

哲学は倫理,価値,意味などに関する根本的な問題について省察するものであり,その考え方が経済学や経営学にも大きな影響を与えてきました。ヨーロッパ中世に人間中心主義のルネッサンスが起こって以降,根本的な価値観は宗教の時代から科学の時代へと変わっていったのです。そして人間は,神に与えられた世界を生きていくのではなく,自らの理性や知識によって世界をコントロールし未来を創ることができると考えられるようになりました。やがて啓蒙主義,合理主義,経験主義などの哲学的思想が,その後の経済学や政治学の方向性を定めていくことになります。マルクスの唱えた共産主義の壮大な実験はソビエト連邦崩壊で失敗したとみるならば,現代の資本主義イギリス経験論功利主義の影響を強く受けていると考えられることができるでしょう。

しかしながら,J. ベンサムの唱えた「最大多数の最大幸福」という功利主義の原則は大衆におもねる結果をもたらし,現代社会にポピュリズムの台頭や社会の二極化といった問題を引き起こしつつあります。ここで現代社会の諸問題について言及することは避けますが,SNSを通じて玉石混合の情報が氾濫する中で,個々人の倫理観に基づく行動や,企業哲学を明確にした経営戦略が,重要になってきているということは言えそうです。

AIと共存共栄する新しい時代へ

未来学者はAIが人間の能力を超えるというシンギュラリティが現実になる未来を示唆しており,社会だけでなく人間存在自体に根本的な変化をもたらす可能性があります。シンギュラリティの時代には,AIが私たちの日常生活に深く統合され,日常生活から生産活動や企業活動,さらには文芸に関わる創作活動まであらゆるものに影響を与えると予想されます。AIの進歩はすでに明らかであり,自然言語理解や機械学習アルゴリズムなどが,大量のデータから学習してより効果的になる様子が見られます。

ロンドン・ビジネス・スクールのJ. バーキンシャウ教授は,知識の時代の後は,行動や確信,未来を構想し実践できる能力が,経営戦略上のアドヴァンティッジになると説いています。また,そのように未来を構想し現実化していくには周囲を巻き込んでいくことが重要であり,そのためには他者に対する共感力も重要になってくる,としています。M. ポーターの提唱するCSV=価値共創でも共感力は重要な要素であり,シンギュラリティが迫りつつある中で,人間の感情の価値は高まってくものと考えられます。

競争優位性の源泉の変化

未来はどうなるのか,著名な3人の学者の言説を以下で振り返って,この稿を締めくくりたいと思います。

ピエール・ブルデュー(仏/社会学者)
経済的資本だけでなく,教育や文化などの非物質的な資源が,社会的地位に影響を与える。ポスト資本主義の経営では,従業員や顧客の文化的資本を重視し,多様性や社会的包摂を促進することが重要となる。

トマ・ピケティ(仏/経済学者)
政治的極端主義により経済格差の拡大が進んでおり,経済システムの再考が必要である。富の再分配や累進的な税制によって経済格差縮小に努め,平等な社会を実現することが求められる。

ユヴァル・ノア・ハラリ(イスラエル/歴史学者)
現代は科学やテクノロジーの進化によって人類の価値観が大きく変化する可能性がある。特に,バイオテクノロジーと人工知能の進歩が,人間の本質や社会の構造を根本から変えることになる。

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正しいことより「適切なこと」に重きをおく,プラグマティックな実践主義コンサルタントです。経営の鬼門はヒトとカネ,理屈ではなく現実を好転させることをモットーとしています。 お問い合わせは,https://prop-fc.com/mail/mail.html