あの人がくれたチケット
あの日、私は、ある人からチケットをもらった。
私はそれを、今でも大事に、社員証入れに入れている。
何故ならとても大切で温かみのある物だから。
見た目はなんの変哲もない小さな紙だけれど。
その「ある人」との出会いは、
リワークプログラム参加初日のことだった。
「ここ、ちょっと変わってますよね。」
と、彼女は言った。
それが、私に向かって放たれた言葉だ、
と気づくのに、暫し時間を要した。
まるで溜め息のように吐き出された言葉は、
私の胸にじんわり入り込んで、
ツンツンしていた心をほんわりと緩衝材で包んだ。
同じことを感じている方が隣にいる。
その事実だけで私の中に灯りがポォっと咲いた。
それ以来、私たちは、すれ違えば挨拶を交わし、
機会を見つけては、雑談をする仲になった。
規則に則り、お互いの境遇や職場などについて、
一切話さなかった。
天気についての話題が多かったように思う。
それでも、
私たちは何かにつけてぼんやりと話していた。
今となっては懐かしい。
まだ最後に話してから1ヶ月も経っていないのに。
あの人は今、
どうしているだろうか。
私のリワークプログラムが終盤に近づく頃、
(この人には伝えておきたい)という思いで、
「もうすぐリワークプログラムに来なくなります。」
と伝えた。
伝えておかなければ、
知らぬ間にいなくなった人になってしまうから。
よくしてくれた方がどのような状況か分からない中で、それを伝えるのは少し勇気が必要だった。
けれども、それはその方も同じだったようで、
「実は…。」と状況を打ち明けてくれた。
なんと、私と同様に、会社へ出社するよう言われたところだったのだ。
私たちはプログラムそっちのけで、
今まで互いに抱えていた状況や心境をぶちまけた。
「いやいや、たまげた。」とか「それ、アリなんですか。」とか言い合っていたような気がする。
ひと回り以上歳のはなれた私のような小娘の話も、
一生懸命に聴いてくれた。
久々に仕事以外の友達が出来たような感覚だった。
私の、リワークプログラム生活最後の日は、
あの人が来院する予定の日ではなかった。
最後会えなかったなぁ、という気持ちを胸に、
その日はぼぉっとしていた。
そんな昼休みから戻った私の目の前に、あの人がいた。
「通り道だったので寄ってみました。」と笑った。
(これだから大人は。さすがだ。)
さりげない優しさで、
またも私の心を掻っ攫っていった。
一足先に会社へ出社しているという彼女の手には、
手のひらサイズのプレゼント。
袋を閉じるモールドには小さな紙。
「いつもありがとうございます」と。
「いつ辞めてもいいって思いながら、
会社へ行っているの。」
と言う彼女はとても軽やかだった。
そしてそのマインドは私の心の波長と重なった。
(そうだな、とりあえず行ってみよう。)
心が落ち着かなくなった時は、
社員証に手をあてて彼女の言葉を思い出す。
そして、大きく息を吸って、吐き出す。
胸を張る。
もし、今の自分が会社に受け入れられないのならば、
もし、私自身がやっぱりちがう道を選びたいのならば、
「辞めてもいい」。
だから、自然体で、物怖じせずに内側を出していこう。
弱い部分も強い部分も、思っていることを、
変えていきたいことを主張していこう、と。
慣れていくにはまだまだ時間はかかりそうだけれど、
彼女の分身のような、チケットと共に歩む日々。
とい。