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引きこもり、牛の競り市に行く(当日)

学生時代に教員から性的関係を求められて人間不信になり、摂食障害(主に過食症)に苦しみ、もちもちに太った引きこもりの私が、黒毛和牛のお陰で人生やり直せた話その6です



父に託されて10ヶ月ほどお世話をした仔牛クン
彼を競りに出す時がきた。

競り市当日は早朝から慌ただしい。
家畜の飼育をしていると早起きは当たり前だけど、いつも以上に早く起きて競りの会場に向かわないといけない。

仔牛の競りの開始時間はいつも10時から。
その1時間前には牛を指定の場所に並ばせなければいけないんだとか。
自宅に大型動物を乗せるための運搬車が到着したら、牛たちを乗せて会場に向かうんだけど、牛は初めての運搬車に怯えてすんなり乗ってくれないかもしれない。
会場に着いても、騒がしさに興奮して暴れちゃうかもしれない。
不測の事態も想定して、余裕をもって行動しないと。

私だと牛の力に負けて引っ張られちゃうので、仔牛クンを運搬車に乗せるのは父が行う。
私は他の牛たちにいつもの朝のエサやりをしながら、父に誘導される仔牛クンを見守っていた。



荷~馬~車~が~ご~と~ご~と~・・・ではなく、運搬車がブォンブォン。
かわいい仔牛クン。売られてゆくのね。
悲しそうなひとみはしていなくて、いつものように、ぶもーーー・・・ってしている。



仔牛クンの落札額から10万円(育てた費用のエサ代等)を引いた額が、脱引きこもり資金になる。
ただ、お高く売れてもお安く売れても、私が新天地で一からやり直すには多分足りない。部屋探しから仕事探しまで、よっぽど上手くやりくり出来ないと、新生活を始めてすぐに貯金ゼロになっちゃうかも。
計画倒れにならないように、牛の競り以外でもお金を貯めたい。
でもこんな田舎じゃまともなバイトも見つからない。

あれこれ考えながら、仔牛クンを乗せたトラックの助手席に乗り込む。
会場に着くまでの代わり映えしない田園風景を見ながら、初めての競り市にソワソワしたり、先を見据えてふと冷静になったりしていた。


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競り市の会場には父の知り合いのおっちゃんたちが何人もいる。
おっちゃんたちは、うちの近所に住んでる人だったり、隣町だけど仕事の繋がりが深くて我が家によく来る人だったり色々。今まで直接関わることはほぼなかったけど、見たことはあるなぁって感じの人たちだ。

引きこもりになったばかりの頃は、近所に「あそこの娘さんは就活失敗したらしいよ」と噂が広がるのが嫌で、徹底して身を隠して生活していた。
○○家の生き恥がご近所にバレないように。○○家の貧乏神兼500万の負債の権化が、世間さまの目に触れないように。
田舎の情報網が恐ろしくて、存在を知られないようにとにかく注意して過ごしていた。
だから、地元の誰かに姿を晒すのは相当久しぶりのことになる。



恥ずかしい。見られたくない。知られたくない。バレるのが怖い。
そんな自分はいなくなっていた。どうでも良かった。
近所で何か噂されても、例えば同級生にまで私の現状が伝わってしまったとしても、取るに足らないことだと思えた。
地元を出てやり直すことを心に決めていて、そのために必要不可欠な仔牛クンの競り市に来てるだけ。
もし嗤われても関係ない。



会場に着いて仔牛クンを所定の位置に繋いだりしていると、案の定、父の仕事仲間のおっちゃんたちが代わるがわる挨拶に来た。

「あ、どーもコンニチハ」

元気に挨拶をして、堂々としてれば良い。
なんなら、ピチピチの若いオナゴが泥も糞も気にしないで牛の競り市に参加してる姿なんて激レアだぞ、くらいに思っていたかも。(調子に乗るなアホ、と言いたい)

「あれ? 娘さん? 何歳になったの?」

なんて聞かれて普通に答えてると、父とおっちゃんたちの談笑が始まる。

「牛のこと何も知らないから、社会科見学に連れてきてやったんだよ」

父が軽口を言うと、

「へぇ~そりゃ良いわ」
「うちの息子にもいっぺん手伝わせてみたいもんだ」
「若者なんて全然いないから嬉しいもんだねぇ」

バリバリの方言でそんなようなことを言ってくる。聞き取るのムズイ。
取り敢えず愛想笑いして、こういうやりとり久しぶりだなぁ~なんて思っていた。
引きこもり、久方ぶりに他人としゃべるの巻。



もしかしたら、こちらの事情を何となく察してたおっちゃんもいたかもしれないし、単純に○○家の娘が手伝いに来てるって思っただけの人もいるかも。
でも私が気がかりなのは、仔牛クンがいくらで競り落とされるかだから、正直どうでも良いよね。

農業に縁のなさそうな20代の女が、手塩にかけて育てた仔牛だぞ!
ちょっとくらいひいきしてくれても良いよね!? 高値つけてくれるよね!?
お願い!誰か! 1円でも高く買ってーーー!!

そんな風に思っていた。(調子に乗るなアホ、と言いたい)


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競り市は始まってしまえば本当に呆気なかった。
繋がれた仔牛クンたちが順番に引っ張られて行って、舞台のようなところに登壇する。
舞台を囲むようにずらーっと座ったおっちゃんたちが、手元のボタン?を操作する。
画面に金額が表示されて、「35」・・・「40」・・・「42」・・・と、パッパッパッて上がっていく数字。
ほんの数秒の間のあとに、ハイ金額確定~!じゃ舞台から降りて~、ハイ次の牛~!と進んでいく。めちゃはやい・・・。
慣れない私には流れ作業と同じに見えた。
私の仔牛クンも、あれよあれよという間に金額が決まってさーーーっと捌けていった。

お! え? わぁ! これで終わりか!

遠くで見守る私はそんな感じだった。
こ、これが競り市ってやつか・・・ゴクリ・・・。



金額が決まった牛たちは、舞台袖のエリアまで誘導され、そこに繋がれる。
もう間もなくで仔牛の競り市が終了して、手続きを済ませた落札者が牛を引き取る流れのようだった。
舞台袖に繋がれた仔牛クンにそっと近づいて撫でる数秒が、私が出来る最後のスキンシップ。

ありがとう、ここまで元気に育ってくれて。
きみの命は人生転落した私のやり直し資金として、大事に大事に使わせていただくからね。

こんなしみじみとした気持ちになんて全っっっ然ならなかったと思う。
競り市って本当に目まぐるしくてあっという間だったんだもん。
圧倒されてるうちに終わったわ。


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仔牛クンの落札額は48万円だった。
「結構いったなぁ」と、父が意外そうにしていたのを覚えている。
父の見込みより少し高く売れてくれたみたい。

私は喜ぶわけでも落ち込むわけでも、別れに浸るわけでもなく、ただあとどのくらいあれば余裕のある再スタートが切れるかな、と先のことを考えていた。
引きこもり生活のゴールテープが見えてきたかも!?

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