見出し画像

じいちゃんとビール 私とビール

先週、28歳1ヶ月と9日で初めて ちゃんとビールを飲みました。

人生初のビールは旦那さんと。
「喉で飲むから美味しいんだよ。ゴクッって飲むんだよ。」
って教えてもらいながら飲んだビールは

思っていたよりも美味しくて
こんな感じなのね。って苦味があって
「喉で飲む」のが難しかった

20歳を過ぎればアルコールは飲めるのに
なんで、今、初めてなんだろう。

お酒なんて絶対飲まない!!って思ってた子ども時代

祖父も父も酒飲みで、夕食の食卓には必ずキリンの瓶ビールが乗っていました。
祖母も母もアルコールが飲めなかったので、男性陣は自分でビールやグラスを用意して、自分で注いで、なんとも美味しそうに飲んでいました。
女性陣、ビール飲むことを考えてつまみになるものを出したりはするけれど、お酒のお世話まではしません。勝手にどうぞスタイル。
親戚が集まるお盆やお正月、お祭りなどの特別な日にはとんでもない量のビールや日本酒がなくなります。
祖父は酔っ払って運転しようとし出したり、親戚のおじさんと喧嘩しようとし出したり。
父に関してはお酒臭いのがイヤでした。酔ったまま寝られたらその周辺がクサイ。母が耐えかねて寝室から降りてくることも。
そんな姿を見ていたものだから、
「大人になってもお酒なんて飲まない!!」
と、言い張ってました。

でも、農作業で日焼けした筋肉隆々の祖父がビールをごくごく飲む姿
私の目にどう写っていたか。
“似合ってる”


祖父の癌治療

そんなこんなで、固い決意のまま高校生まで成長した私。
祖父に末期のスキルス胃癌が見つかりました。
大の病院嫌いの祖父。血を吐くまで病院に行かず、ギリギリまで大好きなキリンビールと昆布焼酎を飲んでいました。

治療が始まると、筋肉隆々だった体はみるみる痩せ細り、
「じいちゃん」が「おじいちゃん」になった感じ。
抗癌剤の副作用で大好きなビールどころか食事さえもまともに食べられず。
元気だった頃は

「酒が飲めんなら死んだ方がいい」

とか、よく言ってましたが、やっぱり命あってこそ。
結局、末期のスキルス胃癌は祖父の命を奪って逝きました。

また、ビールをごくごく飲む祖父を見る日が来ると思っていたのに。

じいちゃん、不死身だと思ってたのに。


私とお酒の距離をひらいた潰瘍性大腸炎

祖父の死から1年後。
今度は私が指定難病の潰瘍性大腸炎になりました。
内臓の病気です。食事制限を言い渡されます。
母が聞いて帰ってきた内容は
「脂っこいもの、繊維質の強いもの、刺激物、アルコールは避けて」
まだ高校生だったので、アルコールはもちろん飲めませんが、
私はやっぱりお酒を飲まない人生を歩むのだ。とちょっと寂しい気持ちになったのを覚えています。

ダメ!って言われたらやりたくなっちゃう。ってやつですかね。

※潰瘍性大腸炎については炎症が落ち着き、症状がない状態(寛解状態)では食事制限の必要はなく、飲酒も可能であることがわかっています。


お酒を飲むことへの罪悪感

飲みたいなんて思わないまま大学生活を終え、
お酒の味も飲み方も覚えることなく社会人になってしまいました。
そのうち、ありがたいことに病気の症状は落ち着き、
直近3年くらいはほぼ無症状の寛解状態。

飲まないの? 飲めないの?

どう答えようか。

飲んでも大丈夫だと分かってました。
でも、実家にいる間は
「私がお酒を飲んでいるわけがない」と思っている母がいる。
心配してくれているのに飲むわけにわいかない みたいな気持ちが
私に飲まないことを選択させていました。
母のせいとかではなく、自分の気持ちの問題です。


結婚を機に

2020年1月 実家を出て東京へ。
旦那さんと食事に出かけたり、
休みの日にちょっと晩酌に付き合ったり、
量はものすごく少ないですが、ちょっとずつ飲む機会が増えました。

一緒に過ごす人と美味しく飲むって楽しい

旦那さんが飲むのはビールかハイボール
香るエールをよく飲んでいたと思ったら、
最近、アサヒやキリンを買ってくるようになりました。
何故なのか聞いてみたら

「優生のごはんはキリンとかアサヒが合う気がするんだよね」

じいちゃんの姿を思い出しました。
私の味つけは、いつの間にかキリンビールに合う味になっていたの??

そして最近のこと。
たまたま旦那さんが買って帰ってきた東京カレンダーの内容は
美味しくビールが飲めるお店やクラフトビールのお店。

「行こうよ」

ちょっとドキドキしながら飲んだビールは

思っていたよりも美味しくて
こんな感じなのね。って苦味があって
「喉で飲む」のが難しかった


あと70年で

お酒の席の経験があまりにも少なくて
どのお酒が美味しいかも知らなくて
飲み方やマナーも分からなくて
緊張せずに飲めるのはまだ旦那さんと一緒の時だけ。

人生100年時代だし、じいちゃんの分まで生ききって
じいちゃんのとこに行くまではあと70年くらいかな。

それまで、美味しく、楽しく、飲めるようになって

70年後、じいちゃんと初めての乾杯をしよう。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?