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異文化を心の中で消化する方法②-わたしの常識だけが正しいわけではない-


国際結婚して中国に来て17年、
中国人の夫との行動や考え方の違いに驚いたことは
一度や二度じゃありません。

そんな時、わたしは心の中で
この受け入れがたい事態をどう消化するのか。

方法その①はこれ↓

方法その②は、

「私の持っている常識だけが絶対的に正しいわけではない」

と心の中でおまじないのように唱えることです(笑)。

世界は広い。

わたしにはわたしの常識があるのと同じく、
相手には相手の常識がある。

わたしは自分が正しいと思っているけど、
相手だって相手が正しいと思っている。

わたしに思想の自由があるのと同じく、
相手にも思想の自由がある。

わたしがどう考えようとわたしの自由だと思えば思うほど、
相手にも同じ自由があるはずだということに思い至る。

自分だけ思想の自由を享受して、
相手の思想の自由を奪う権利はないはす。

自分を尊重してほしいなら、
同様に相手も尊重するしかない。

・・・・・・ということをひとしきり考えた後、
もう一度、信じられないことを言った夫を見てみると、

「まぁ、そういう発想もありうるんだな」

と、思いもよらなかった発想を
少しは受け入れられる余裕が生まれる・・・
場合もある気がします。

~・~・~・~・~・~・ま と め・~・~・~・~・~・
★ステップ1

受け入れがたい異文化に出会った時は、
思わず否定・非難したくなるのをぐっとこらえて立ち止まる。
(数秒立ち止まるとちょっとは冷静になる。)

★ステップ2
これは世代が違う人の考えだから、発想が違って当たり前。
父ならこういうこと言いそう、など身近な人にひきつけて考えてみる。

★ステップ3
「わたしが持っている常識が絶対的に正しいというわけではない」
というおまじないを唱える。

★ステップ4
「自分に思想の自由があるなら、相手にも思想の自由がある」
と相手の側に立った視点を意識してみる。
・~・~・~・~・~・・~・~・~・~・~・・~・~・~

この一連の心の中での作業を経て、
先ほどの受け入れがたい出来事をもう一度振り返ってみると、
相手の発想を「へーー」と新鮮に思える
心の余裕が少しは生まれている・・・かも?

異文化に限らず、
他人のあれこれが「許せない!」「信じられない!」
という気持ちが湧いてきた時に、
この方法は結構普遍的に使えるんじゃないかと思うのですが、
どうでしょうか。

ありきたりかもしれませんが、
「違いをおもしろがる」気持ちを持てるかどうかが、
ポイントになるのかなと思います。


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