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髙木凜々子&五十嵐薫子(7/15 in 京都)楽曲解説 ① サン=サーンス


サン=サーンス ヴァイオリン・ソナタ 第1番


この記事は、7/15 京都コンサートホールでの、髙木凜々子 Vn. & 五十嵐薫子 Pf. デュオ・リサイタル の楽曲解説です。


 会場にて配布される公演プログラムでは、客席でリラックスして気軽にお読み頂けるよう、簡略版の掲載となります。

 楽曲や作曲家、そして華やかデュオによる素晴らしい演奏に、事前に想いを馳せて頂いて、可能でしたらぜひ本番の舞台をご堪能下さいますように……。

Precious Planner
森川 由紀子


【追記】公演は、素晴らしい舞台を持ちまして、無事に終了しております。


サン=サーンスの生涯における ヴァイオリン・ソナタ 第1番


 作曲家でピアニスト、オルガニストでもあったカミーユ・サン=サーンス(1835~1921)は、秩序や節度を重んじる当時のフランス音楽の伝統を踏まえながらも、形式を自在に操る天才的な手腕にて高度な技術も駆使し、枠に捕らわれない自由な発想で、フランスの近代音楽に重要な役割を果たしている。

 2才半で大叔母からピアノを習い始め、3才で作曲、5才で最初の歌曲を書き、初の公開演奏もこなして神童ぶりを発揮していたサン=サーンス。ご褒美だったのか、その頃に贈られたモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の総譜を、座右の書として生涯に渡り、聖書のごとく大切に側に置いていたという。

 10代初めにしてベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲暗譜で弾きこなせるほどのサン=サーンスにとって、音楽は呼吸そのもので、本人曰く「リンゴの木が実を実らせるのと同じく自然なこと」であった。

「自分は生粋の古典主義で、モーツァルトとハイドンの精神で育った」と語り、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンはもちろんのこと、当時のフランスではまだ注目されていなかったドイツ・ロマン派系の、リストやシューマンのピアノ作品を「絶賛すべき最新の音楽」として、積極的に音楽界に紹介していった。

 有能な弟子の1人であったフォーレは、サン=サーンスが講義を終えた後も、これらの音楽を延々弾いて聴かせてくれたことで、特別な音楽感が養われただけでなく、師への揺るぎない敬愛の念が植え付けられたと、後に述べている。
 2人には揺るぎない絆が生まれ、生涯に渡り、温かな親交を深めていく。
 生後まもなく父が結核で他界し、厳格な母と音楽性豊かな大叔母に育てられ、にぎやかで温かな家庭とは縁がなかったサン=サーンスにとって、フォーレの一家は大切な、本物ともいえる家族となりゆくのだった。

 サン=サーンスは幼少時からラテン語、ギリシャ語など語学に堪能で、文学や絵画はもちろん、哲学、考古学、天文学、数学、自然科学なども専門家並みに極めていた。エトナ山の観察や日食などの天体観測に夢中になるあまり、リハーサルを忘れてしまうことすらも。文筆家としても、音楽評論、論説、序文、詩や戯曲を数多く残している。

 フォーレの息子2人、兄が生物学者、弟が作家の道を選んだのも、博識な「サン=サーンスおじさん」の影響が大きかったことと思われよう。

 孤独なイメージのサン=サーンスであるが、86年という長い生涯のうち、ほんの数年間ではあるが家庭を持っていた時期も過ごしている。
 その生活は、39才にして、教え子の妹であった20才も年下の女性との電撃結婚に始まった。周囲の誰も彼女との交際を知らず、婚約期間も経ず、母親の猛反対すら押し切っての、謎に包まれた結婚であったらしい。

 作曲家に限らず、多くの芸術家がミューズ的存在である恋人や、悲喜こもごもの恋愛模様の逸話を数多く残しているものだが、ことサン=サーンスに限っては、自身の日記や手紙も含め、そうした恋愛沙汰の個人的な記述は残されていないようだ。それは幼い息子2人の相次ぐ死に関しても、同様である。

 不幸な出来事は、その前年、22才から20年間も勤めており、リストにして「彼こそが、この世で最高のオルガニスト!」と言わしめていたほどの腕前を活かしていたマドレーヌ寺院のオルガニストの職を辞し、大作オペラ《サムソンとデリラ》など、作曲に専念し始めた矢先のことだった。

 長男は2才半で自宅アパートの5階から転落死、その2ヵ月後には1才にも満たなかった次男を肺炎で亡くしてしまう。

 我が子の続けざまの死により家庭は崩壊、やがてサン=サーンスは旅先で突如、妻を置いて行方をくらまし、数日後、「今後は母と暮らすことにする」と、手紙のみで永遠の別れを告げたのであった。正式な離婚の手続きも成されていない。

 この頃の本人の様子は、記述が見当たらない以上、計り知れないのだが、たとえ言葉に出さずとも、本人が意識せずとも、作品には、特にこのヴァイオリン・ソナタには否応なしに、無念の感情や儚い思い出、救いを求める思いなどが込めらているように感じられる。

 ヴァイオリン・ソナタ第1番は、家庭崩壊の経験から数年を経て作曲されているものの、サン=サーンスにとって、人生を乗り越えゆく転機となったと作品と思われ、その後、交響曲第3番(オルガン付)や、《動物の謝肉祭》などの名作が生まれゆく。

 自作品に対する厳格かつ的確な批評家にして、最愛の母が亡き後しばらくの間は、絶望のあまり仕事を遠ざけ、海外の旅に明け暮れる空白の時期もあったが、長期に渡る旅の生活は、再び立ち直ってからもピアノや指揮での演奏旅行として続いていった。晩年は肺を患い、愛してやまなかったアルジェにて、身内や友に看取られることもなく、で86才の生涯を閉じる。

「感情は後からついてくるもの。創作時はむしろ除外しておくほうが、圧倒的にうまくいく」

 と語り、個人の想いは見せるべきでないという姿勢を貫いたサン=サーンスであったが、この第1番のヴァイオリン・ソナタの、とりわけ前半における深刻な音楽の流れは、まさに自身の悲劇を思い起こさずにはいられない。

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 二短調 Op.75

楽曲解説

 曲全体は2つの楽章で構成され、各楽章が2部に分かれており、各々異なったタイプの4つの部分が、途切れることなく演奏される。

 第1楽章 ─ 第1部 & 第2部
 第2楽章 ─ 第1部 & 第2部

 これは通常の4つの楽章を持つソナタの形式に相応され、翌年に作曲された、オルガン付きの第3交響曲でも、こうした手法がとられている。

 緻密な構成と演奏効果の高さが際立っており、前半で表れる「天上からのテーマ」が最後に再び戻ってくる循環形式によって、全体に統一感がもたらされている。

 華麗な名人芸の中に、叙情的な魅力も溢れており、ヴァイオリンとピアノによって、始終繰り広げられる高度な掛け合いにも圧倒されよう。

第1楽章

第1部 アレグロ・アジタート 二短調 6/8拍子 ソナタ形式

 ほの暗い深刻な主題が呈示され、ヴァイオリンとピアノで掛け合いつつ、不穏な緊張感が頂点に達したところで、いきなり嵐の下降から始まる音階が容赦なく叩きつけられる。激しい感情の爆発や葛藤がしばらく続き、発展してゆくうちに、ふと、天からの呼びかけのごとく伸びやかな歌が、高いところから降りてくる(この主題は、曲の終盤で、より崇高さを増した形で、天からの輝きのように再現される)。

 再び不穏な空気に支配され、嵐の衝撃、葛藤と慰めが繰り返されるうち、天からの導きが苦痛を解き放つかのごとく、激しい感情は次第に遠ざけられ、テンポは静かに落とされ、平穏な展開へと導かれゆく。

第2部 アダージョ 変ホ長調 3/4拍子 三部形式

 一般的なソナタの第2楽章における緩徐楽章に当たり、慰めのように低く落ち着いた、叙情的な主題が奏でられる。続いて作曲される第3交響曲の、第1楽章第2部、冒頭で厳かに現れる崇高な主題と大変良く似ている。

 ヴァイオリンとピアノの優しい語らいは、始終穏やかながらも、中間部では互いが晴れやかに歌い合い、抑制された静かな感情の高まりも見せる。その後は様々な回想を経て、次の楽章へ。

第2楽章

第1部 アレグレット・モデラート ト短調 3/8拍子 三部形式

 一転して軽やかなスケルツォ。あくまでも格調高く、淡々とした調子で、ヴァイオリン、そしてピアノと主題が受け継がれる。
 どこかよそよそしく、冷ややかな印象すら受ける古風なダンスのよう。
 中間部ではピアノによる軽やかなスケルツォのリズムに乗ってヴァイオリンが伸びやかに歌われる。ピアノはさざ波のように揺れ動き、美しく効果的。
 やがて奏されるピアノによる重々しい和音が、締めくくりの章への警鐘となる。

第2部 アレグロ・モルト ニ長調 4/4拍子 ソナタ形式

 いったん落ち着いた音楽は、細かく刻まれるめまぐるしいヴァイオリンの動きによって、ふと我に返ったように急速に展開されてゆく。
 決して超絶技巧の名人芸を見せつけるだけの内容ではない推進力は、呼吸するのが困難なくらい圧倒的な勢いに満ちている。
 音階を駆け降りるピアノに乗って、ヴァイオリンが輝かしく奏でる第2のテーマは、胸を締め付けられるような、切なく憧れに満ちたメロディー。速い動きに乗って、一陣の憧れの風のように通り過ぎてゆく。
 両者の華々しくスリリングな競演も最高潮に達し、いったんは激しさが収まったかといったところで、第1楽章で奏でられた「天上からのテーマ」が再び現れる。最初は遠くの方から、呼びかけるように、再び急速な展開を経て、今度は更に堂々たる主張と情熱をもって高らかに、堂々と、このテーマが歌われ、輝かしく曲を終える。

 サン=サーンスの生涯において、この第1番のヴァイオリン・ソナタは、苦悩から希望へと、まさに彼の人生の転換期を象徴しているかのようである。



→ プログラム前半の楽曲解説は、次の記事にてご紹介します。



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