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育休中の仕事考「自分への矢印をすてる」

先日、娘が生後半年を迎えた。

少し抱っこの力の入れ方を間違えたらどこかがぽきっと折れるんじゃないか?寝ている時息してる?
など、一瞬も気を抜けなかったかよわい新生児の時代から考えられないほど、スクスクむちむちと発育していて、はち切れそうである。
体重は生まれた時の約3倍になり、少し瞬きをした間に寝返りでコロコロと遠くまで移動し、一丁前に離乳食の好き嫌いもある。
目が合って嬉しそうににこーっと笑ってくれるとき、こんなに幸せで良いのかと思う。

そんなこんなで、平和で大変で愛しい育休も折り返し地点を過ぎた。ぼちぼち保育園見学も始めた。

一番仕事から時間的に距離がある今、あえて離れたところから仕事のことを考えてみたいと思う。
近すぎると目が曇って、うまく見えなくなりそうだから。


本職の会社員を離れてみて、良かったところは一言でいうと「心が平和」だ。

あの案件の納期どうしようとか、あの撮影であらゆる準備しとかなきゃ、とか不安に思うこともなく、日曜の夜に憂鬱になることもない。
こんなに心が平穏なのって一体いつぶり?って感じ。今日はどこの公園にお散歩行こうかな?夕ご飯に何を作ろうかな?って平和な考え事が頭を占めている。
裏を返すと、自分は思ったよりもかなり仕事に頭を支配されていたし、心を重くしていたんだなぁ、と気づいた。


じゃあずっと出社しないでこの生活を続けたいかと言われるとイエスとも言えず、
逆に少し恋しいのが金曜日の開放感。

人生の幸せって緩急につまってるんじゃないか?って思ってて、(たとえばハードな仕事の後のビールとか、連勤の後の連休とか、育児中のひとり時間とか。) 
平日しゃんとめかし込んで会社行って頑張って働いて、迎える金曜夜の開放感を、その緩急のリズムを、私はけっこう愛していたんだなぁと気づいた。

ノンストレスで淡々と日々が過ぎていくから、すごーく1週間が経つのが早くて、良い反面ちょっとだけメリハリある会社員のリズムが恋しくなったりもする。というのが今の所感。


それにしても、少し離れた場所から会社で仕事をしてた自分を俯瞰して見てみて、
なんでいつも仕事の不安に支配されてたんだろ?って考えてみた。

今後時短で復帰したとして、そんな仕事のモヤモヤで頭いっぱいのお母さんになりたくない。
どんなことが怖かったんだっけ…?
思い出してみよう。突き詰めて恐怖の根っこを探ろう。
例えば……

●納期のない案件を、急いでデザイナーさんにお願いしなきゃいけない。やってくれるか?断られたらどうしよ?
→自分がお客さんに失望される、もう仕事くれなくなるのが怖かった?

●すごい厳しいお客さんへの提案。あれこれ詰められてオロオロしたらやだな。いっぱい武装して行かなきゃ。
→自分が追い詰められて、嫌な思いやオロオロしてみっともなくなるのが怖かった?


●撮影のディレクションで1日立ち会いやだな。お客さんに気を遣って雑談しなきゃだし、予期せぬことが起きたら全部私の責任だしなんとかしなきゃ。
→これも、自分が恥をかいたりトラブルに右往左往してかっこわるくなるのが嫌だった?

などなど。。
当時抱えてた不安を紐解いてみると、大体の不安は、自分に矢印が向いていたことに気づいた。
自分が、できないと思われる。
自分が、みっともないことになる。
自分が、見限られる。

できる自分じゃないと、仕事がなくなってしまう。居場所がなくなってしまう。
そんな思いからいつも肩に力が入って、2手3手先回りすることをマストにしていた。
不安に支配されている時、だいたい「〜しなければ」「〜べき」でがんじがらめになり、それをこなさなければと必死になっていた。

苦しいのは、全部矢印が「自分」になっているからなのだ。
自分がよく思われたい、傷つきたくない、カッコ悪くなりたくない、
って自分自分言ってるから、コントロールできない他の要因に思いを馳せては不安になってしまう。

矢印を「相手」もしくは「成果物」にしてみたら、どうだろう?

●納期のない案件、急いでデザイナーさんにお願いしなきゃ
→限られた時間で良いものを作るために、自分はこんなふうに情報をまとめて発注してみよう。

●厳しいお客様への提案
→お客さんがもってる心配事はこれとこれとこれ?それを解消するために、こんな解決策を提案してみよう。

●撮影のディレクション
→ゴールはミスなく満足いくものを作ること。そこのすり合わせができれば、無理してお客さんと世間話する必要はない。トラブルが起きた時も、その時の最善を尽くすだけ。

自分への矢印を捨てると、仕事は思ったよりシンプルで気持ちが楽になるような気がした。
どう動けば良くなるか、にフォーカスを当てると、不安に思ってドキドキしてる暇がない。

あと、勝手に決めた「するべき」に縛られないで、「したい」を大切に遊ぶように仕事をすることが大事だなぁと思う。

これに気づいたのにはきっかけがあった。
実は、育休中にも同じような悪い癖が出ていた。

育休中は好きなデザインを学んでスキルアップしようとしてて、ぽつぽつとデザインの仕事ももらうようになっていた。
しかし最近、もらえる案件が増えてきて、余裕を失ってしまってた。空いた時間がすこしでもあると、ノルマのように険しい顔でガリガリとデザインをこなすようになっていて、こりゃ良くないなと気づいたのだった。

自分は、デザインを好きだから始めたはず。
自分の思いついたアイデアを、ビジュアルの表現を、「どうですか?」ってわくわくしながら提案したくてやっていたはず。
それなのに、いつしか「半端なものは出せない。高いクオリティのものをださねば」「新しい発想のものを、3案は出さねば」と、勝手にハードルを上げて、自分を縛って、楽しまないでデザインしてた。これも、自分が中途半端なもの出すと見られたくない!って矢印が自分に向いてたから、こんなに苦しかった。

本当にこれって、私の悪い癖だなぁと痛感した。
熱血体育会系の親の教えもあってか、「いつでも120パーセント、期待以上にがんばるべき!」という心の中の学級委員長、出てきてしまいがち。

いかんいかん、せっかく育休中に好きなことやろうとしてたのに、義務になってちゃ意味ないよと思い直して、
「遊びのつもりで、気楽にやる」をモットーにしようと心に決めたら、デザインがまた楽しくなってきたのだった。

副業でできるなら、本業でもできるんじゃないかな。チャレンジしてみたいと思う。

これから復帰に向けて、やだやだよー!って泣きたくなることも多くあるかもしれないけど、
●矢印を自分に向けない
●遊びのつもりで気楽にやる

を思い出して行きたいな。

気楽に気楽に行こう。
やらねば!と苦しんで考えたものも、
やりたい!と楽しんで考えたものも、
成果としてはきっと同じなのだし。

残りの育休中も、デザインの副業で、この遊びマインドを練習して定着させて行きたいな。

来年の私が、ラクに心地よく、心健やかに働いていますように。

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