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笠間の旅、から益子へ

笠間三日目。
この日も7時に充実の朝ごはんを今度は一緒に宿泊していた弟夫婦+3人の姪甥達など大人数でいただいてからお別れして、笠間から小一時間のところにある益子の「春の陶器市」も覗いてみることに。8時過ぎには着いたもののメインストリート周辺の駐車場は満車となっていて、通りの西の端にある民家が開放している仮設駐車場に¥500で停めさせていただく。この一体はそういったところも多くて公式・非公式な駐車場ともにみんな¥500で納得・安心プライス。

笠間と益子

今では益子焼の方が全国に名前が知れ渡っているが、笠間は関東最古の産地であり江戸中期に信楽の陶工長右衛門の指導の元陶芸が始まり、益子は江戸時代末期に笠間で修行した大塚啓三郎が窯を開いたことが始まりと言われている。
石切場でも見た、鉄分を多く含む花崗岩(いわゆる御影石)が取れる笠間では「安くて頑丈」と備前焼とも並び評判になり、一度は一世を風靡したものの明治に入って低迷。1950年に県がサポートする形で再興したこともあり、比較的新しい自由な表現が多い。一方で益子は優れた陶土が採れること、東京から近いこと(高速からは笠間の方が先に着くけどおそらく当時は出やすかったんだろうと推察)などの理由で産地の土を生かした厚みのある力強さと素朴さを特徴とする鉢・水瓶・土瓶などを日用道具の産地として栄えた。
笠間は茨城県なのに対して益子は栃木県、車で移動するときに小高い山を一つ超えてくる形になるが、張り合うよりはその歴史からも兄弟関係があり「かさましこ」という言葉で一体感を訴求する幟なども立っていて微笑ましい。

市場の違い

市の立ち方には大きな違いがある。
笠間は普段子供たちがのびのび遊べる平地のような市のイベントスペースにテントを張り巡らせてその中をぐるぐる回るスタイル。それに対して益子は陶器屋さんが軒を連ねる城内坂通り・里山通りを中心に街全体としてイベントを行なっている。ガードレールがない車2車線の通りが数キロにわたって人が溢れかえる状態に。益子のネームバリューの強さからか、やはり規模の大きさに差はある。
そしてさらに内容も違いがあり、笠間は笠間で活動されている方(陶芸大学の方々含め)がほとんど。一方、益子は全国の焼物の産地から作家さんが参加されていて、僕が購入した岐阜の土岐市から来ている美濃焼の作家さん曰く「北海道から沖縄まで全国の焼物がここは買えますね」。確かに沖縄のやちむんを販売されているお店は見かけた。益子の店舗の合間合間にテント村スペースのようなミニマーケットが設置されてそこに地元の作家さんや全国から来た作家さんが出店されている。

益子でみたかったもの:Pejite

もちろん有名な山地の焼き物の違いを見て感じられる貴重な機会であるのと同時に、益子でぜひ寄ってみたいと思っていたのがセレクトショップのPejiteさん。Pejiteさんは表参道の路地にいきなり広がる異空間を作り出す、骨董の和物家具や器を中心に扱われるセレクトショップ。その本店が益子にあり、青山の店構えから本店はどうなっているんだろうとコンセプトや商品以上に世界観の演出の仕方に興味があってぜひ来たかった。

蔵を回収したかのような建物には緑が伝っていてその奥に藤棚もある。季節が過ぎてしまっているので藤は見頃を過ぎていたが、それでも入り口でこの周辺で代わって時期を迎えている一輪の菖蒲を生けて迎えてくれる。屋根裏がそのまま見える高い屋根の平家は二つの入り口から注ぐ陽の光で内側が柔らかく照らされていて、店構えも品揃えも含めて自然なものの中に現代に寄り添う形でアップデートされている『用の美』を形にした作品たちが陳列されていているだけで心地が良いお店。
駐車場からはメインストリートを抜け切ったさらに先にあって、道すがら買い物リストに入れていた益子の作家さん:田尾明子さんの織部をいただく。お酒を飲まないけれど片口の形が好きで来客時のミルクポット的に使うために探していたら結局片口じゃなくて取っ手付きのものがしっくり来て笑 しかもこの形をPejiteさんでしかみなかったのと色の入り方も好みで迷わず購入。

用の美を伝えた濱田庄司

長ーいストリートを4時間近くかけて往復した後、この地の発展に寄与した濱田庄司の記念館を訪問(偶然駐車スペースと目の鼻の先で助かった)。
神奈川県川崎市出身の陶芸作家:濵田庄司は土や釉薬、昔ながらの製法が守られている益子に惚れ込んで移住し「用の美」に着目した柳宗悦らと共に民芸運動を推めるながら、地元の作家たちにも大きな影響を与え、益子焼は民藝品としても世に知られるようになる。これは見ておかなければ。

建物の門構えからして立派で、車で近隣を走ってきた時に見かけた豪農の家のそれともレベルが違う。もはや寺や学校かと見紛う門構え。
興味深いのは濱田庄司の蒐集の幅広さ。
陶磁器だけに限らず、漆器や木工、家具や染織など工芸品としての幅広さと中国、朝鮮といったアジアに、ヨーロッパ、中米など全世界の地域と時間的な広がりがあり、本当に多岐にわたる。いきなり入ってすぐ「ラテンの工芸」展という企画展が行われていて、建物の至る角に厨子甕(ずしがめ)という沖縄の伝統的な骨壷が置かれているかと思えば洋間にはイームズのアームズチェアが置かれていたり。当時の人には珍しく世界を回っていろんなものを帰ってきていた祖父母のものに囲まれて生活している僕にはなんだかとても親近感が感じられて落ち着く場所だった。

そして自分だけでなく何人も創作活動ができる工房も一つの窯で大量に作品が焼ける登り窯も彼が自分のためだけでなく、この益子のものづくりを盛り上げていく意気込みが強く感じられた。

工房外。ここにも厨子甕(左の黒と白)が置かれている
工房内側。磨かれた様に美しい作業場。
空気穴がジンベイザメみたいで愛らしい笑
横にこの様に伸びる窯が縦に8つある。

奇しくも笠間の春風万里荘と益子の濱田庄司記念館は、人好きな文化人が暮らした日本家屋という形で共通点も多かった。やはり美意識は生活に根差し暮らしの中で磨かれる。そして、Pejiteのようなお店にも展開する商品だけでなく提供する環境にも一貫した美意識で統一でされているからこそ、その完成度がより気持ち良さを高めてくれるのだ。

ものつくり、作家さんたちの発表の場所、見せ方。
色んな意味で勉強にもなった、大満足の旅でした。

皆様も素敵なGolden Week、後半をお過ごしくださいね。

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