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HSPの生きづらさについて

はぁい、ゆかりです🙋‍♀️
昨年、いや一昨年が暮れていく頃からずっとずっと内省内観し、外からも情報を集めて、熟考していたこと。
ある程度、自分の内側のものが見えて、やっと言語化できそうになりました。
ちょっとドキドキしながら、けれど、きっと大切だな、って思うことを。
今回は書いてみます。

【HSPだろうがそうでなかろうが生きづらい】

だって、あなたはこの世界にたったひとり。
とっても特別な才能があって、
誰かと似ているところはあっても全く同じ人っていうのはいなくて、
あなたと同じ価値観だけで生きている人は、あなただけ

「私はHSPだから。人と違うから。
周りにわかってもらえないのは当たり前なんだ。」って。
確かにそうかも知れない。
だけどね。
それはあなたがHSPだからという理由だけ、って見ているのはどうかな?
もしあなたが生まれ持っての気質からのHSP的な症状で苦しんでいるなら。
ちょっと待って?
得意の洞察や、周りを自分よりも思いやる気持ちで世界を見ているよね。
そして自分の中にもその洞察や共感が生きているなら。
見えてくるはず、いろんな視座からいろんな視点から。
そして、自分はHSPではないかも知れないという検証すらに発展して、いつまでも傷ついた弱い自分に留まっていられないはず。

とは言え、癒しの過程で、必要なこともある。
「誰にも理解されず、人よりも弱くてダメって感じるのは、HSPだからだったんだ。」
自己理解につながり、じゃあ自分をどう取り扱っていこうか、って前に進むためにも、一時的にその場所に浸って自分を癒すことは重要です。
そして広い世界を見てみると、HSPだろがそうでなかろうが、みんなそれぞれ懸命に生きていてとても傷ついているのに頑張っていて、その人なりの生きづらさを抱えている、ってHSPのあなたなら一番に気づくはず。
そしてそれに気づけるからこそ、その気質を生かして人の中での自分の在り方がきっと見つけられるんじゃないかな。

【情報過多のこの時代の日本人】

そもそも、たくさんの人が自由に発信しやすいこの時代。
HSP診断、チェックリスト、なども簡単に目にできますね。
書籍や各種webのホームページ。
それから一般人でも動画やラジオなどの配信もたくさんできます。
HSPについてもたくさんの情報が入ってきます。
ですが、そもそもHSPの提唱って1996年のエレイン・N・アーロン博士が初めて。
歴史が浅いですし、研究も十分とは言えません。
今言われていることは、少し先には全く別のことに変わっていく可能性も大いにあります。

そして何より。
巷でよく見る、HSP診断やチェックリスト。
お気づきの方も多いとは思うのですが。
自己肯定感が下がっていたり、ストレスフルな状態な日本人がチェックをつけると80%以上の人が「私はHSPなんだ!」って思うと思います。
心理学を学んだ方なら推測可能な範囲だと思いますが、私自身の感じることも書き起こしてみますね。
まず、気質というところに着目してみると。
私たちはそんな生まれたての感覚や記憶を持ったままではありません。
自覚したらそんな気質があった、ということはあっても生まれつきかどうかなんてわかる手段はほとんどありません。
HSP的な症状は後天的な理由からも出てきたりします。
例えば、発達の段階で愛着が十分でない場合。
日本人の場合は70%以上が該当、というデータがありますが、個人的には9割以上の日本人が当てはまるのでないか、と感じます。
それからアダルトチルドレン、と呼ばれる幼少期の両親との関係性から築かれていく特徴もHSP的な症状と共通項が濃いです。
そして発達障害も。
アーロン博士はHSPとADHD(注意欠如・多動性障害)は脳の機能上、併発しないと言いますが、私自身、自分が両方の特徴を持っているのではないか、と疑っていますし、共通する特徴もあります。
HSP的な症状で苦しむのは、何も本来の生まれ持っての気質からのHSPだけではないのです。

HSPは障害でも病気でもなく、脳の発達が一般的ではない状態で、実生活に何らかの生きづらさを抱えています。
判断や診断の基準は確立されているとも言い難いものです。
HSP的症状での生きづらさの原因は心因性のものや、生まれた後の家庭環境や社会環境に影響を受けていることも多いのです。
病院などで特定できないので、余計に混乱してしまいそうですね。
両親に赤ちゃんだった頃の自分の様子をヒアリングしてみると、なんらかのヒントは見えますが、それでも確実性はありません。

【私が考えるHSP】

私自身生きづらくて非常に苦しんでいた時期に、ADHDやアダルトチルドレン、インディゴチルドレンについての情報を集め、チェックリストなどを目を皿にして見ていました。
アダルトチルドレンやインディゴチルドレンはどストレートに合致。
ADHDも強度はさほどないにしろ、当てはまる的な項目もありました。
HSPという言葉を知ったのは、それこそうつ病で通院していた5、6年前のこと。
これまでの何よりも、自分に当てはまりました。
母にもHSPについての書籍を少し見てもらいました。
「これはあんたのことそのものが書いてある。」と言っていました。
その頃、私が赤ちゃんの時、幼稚園入園前のエピソードも教えてもらい、HSPとエンパス傾向が強いことが分かりました。

その後、今の私に至るきっかけとなったHSPについての講座を受け、今までにない本当の共感を得る仲間と出会い、随分癒されました。
いろんなタイプのHSPを知り、互いに学びと癒しを加速させ親交を深めることがあったり、でもその中にもHSP的症状に悩み続ける人もいました。
そのことも大きな気づきになっていき、いろんな違和感や抵抗感など、私の内側のヒントになるようなことをたくさん経験させてもらい、更にHSPを探求していく旅路を進んでいった訳です。

気質からくるHSPは人口の20%だと言われています。
もっと多いのではないか?と思っていた頃もありました。
そして発信者の中には日本人は80%がHSPだと言う人までいました。
でも「それ本当?」って。
ずっと考えていると、今までに学んだ心理学や、自分の特徴でもある探究心が、役に立っていきました。
まるで流行語のように目にするようになった「HSP」ですが。
生まれつき繊細で敏感な人というより、後天的な理由でHSP的な症状に苦しむ人が多い日本という国、ということが見えてきたのです。

【結局何が言いたいのか】

HSPだろうとそうでなかろうと、人は悩みを抱えて、それをどう見るか。
単にそれだけで。
「自分はHSPだからやりたいことができない」
「HSPだから人にわかってもらえなくてつらい」
というような考え方ってどうみてもおかしいな、っていう思いを私は持っている。

だって、こんなに世界は美しく、まだ知らないことで溢れている
魅力的な人、自分にはない価値観で生きている人が輝いている。
深く感動できるHSPだからこそ、感じる力に恵まれているからこそ、人やものや出来事を深く味わえ、自分の世界を表現し、人と繋がっていける。
それなのに、ずっと被害者の囲いに留まっているのは、本当にもったいないよ。
確かに怖いこともある、人の目も気になる。
けれど自分の気質を知って、どうしたらいいか対策も持って、そして何よりそんな自分との付き合い方がしっかりわかっていれば、「何があっても大丈夫感」が自分の味方
世界はもっと楽しく、自分で感じて創っていける!
心から、そう思うんだ。

【結びに】

やっと書けました。
HSP的な症状で悩んでいる方に伝えたい思い。
HSPを知る前に苦しんだ自分にも伝えたい思い。
ちょっと発信するのが怖かったんです。
読んだ人を不快にするかも知れない、責められたと感じる人がいるかも知れない。
でもそれよりも、伝えたい想いを堰き止めているのも苦しい。

結局、「HSP」という言葉が大事なんじゃない。
分類すること、名前をつけることに、そんなに意味はない。

どんな人も、そう、あなただって。
この世界にたった一人しかいない、とても素晴らしい人なんだ。
だからあなたが感じる苦しみは、それがあなただからこそ、感じているもの。
あなたの内側にあるたからものに、あなたが気が付くためのサインでしかない。

どうかあなたの生きづらさが、今よりもふんわりと優しく軽くなりますように。
願わくば、あなたがあなたの生きづらさの中にある光に気づけますように。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。
今日も全力で感謝!!

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