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令和源氏物語 宇治の恋華 第二百十五話

 第二百十五話 小野(九)
 
翌日尼君の元へ中将から文が届けられました。
 
忘られぬ昔のことも笛竹の
 つらきふしにも音ぞ泣かれける
(そちらに足を向けると忘れられない亡き妻が恋しくてむなしく、姫のつれないあしらいも辛く、どちらも涙を流さずにはいられぬほどに悲しみをもよおすのですよ)
 
とどのつまりは姫君が意に沿わぬのを恨んでいる文面なのです。
尼君は姫がやはり返事を書こうとしないので、娘を思い出しながら感傷的な気分で筆を走らせました。
 
 笛の音に昔のことも忍ばれて
     帰りし程も袖ぞ濡れにし
(中将さまの笛の音に娘が生きていた頃が思い出されるので、お帰りになった後も涙ぐんでしまいました)
 
やはり姫からの返事はもらえなかったと中将はその手紙を打ち捨ててしまいました。
どうにか姫を諭して自分を受け入れてくれれば以前のようにそちらに通いたい、と中将は訴えているのですが、尼ばかりが集う草庵に殿方が忍んで来るというのが似つかわしくないとは考えられないのでしょうか。
尼君たちもそうであったらと願う信仰心も薄弱な方たちばかりですので、浮舟は殊更に出家の意思を固くしております。しかしながらその見目形の麗しさにどうしても尼君はその志に理解を示そうとしません。
浮舟が日々勤行し、好んで色目の落ち着いた衣を身に着けるのをどうしてその若さで世を思い切ることが出来るのであろう、と訝しく思うばかり。
もともとそうした気質であるのかと強いては何も言わぬ尼君ですが、出家だけは思い直してもらいたいと願うのです。
そうかといって時折見せる浮舟の笑顔が愛らしく、娘がいた時のように心が慰められるのに飽き足らず、中将という婿まで再び迎えたいというのは些か望みすぎではないでしょうか。
そもそも浮舟は亡くした姫ではないのですから。
浮舟は行くべき所もありませんし、世話になっているという負い目から強い抵抗は見せずに概ねおとなしく従っておりますが、中将のことだけはどうあっても承知することは出来ないのです。
中将は大尼君のおっしゃった「美しい姫」という言葉だけでまた恋心を掻き立てられて、荻の葉を揺らす風にも負けないほど頻繁に文が寄せられるようになりました。
それがまた浮舟には辛く煩わしい。
殿方の執着の恐ろしさを身を以て知った浮舟は、中将だけではなく、もう二度と殿方を受け入れることはできないでしょう。
心中でも念仏を唱え続けて、どうにか無事に尼になれますように、と願うのでした。

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