見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第百七十一話 松風(八)

 松風(八)

若い貴公子達はわいわいと源氏に屈託のない笑顔を向けてきます。
「源氏の大臣。昨夜の見事な月を愛でようと追ってきたのですが、間に合わず、露を踏み分けて今朝お伺いしたという次第です。紅葉はまだですが野の花などは秋めいておりますよ。小鷹狩りなどに出掛けたものもおりますのでいずれ合流するでしょう」
と頭の中将、兵衛督(ひょうえのかみ)などはこのまま源氏をおとなしく京へ帰してくれそうにありません。
「思わぬ大人数になりそうだね。光栄なことだが、ここでは手狭すぎるな。桂の邸に向かうとしよう。惟光、ここに」
「はは、殿。何なりと」
「あちらの邸に上質の酒を用意せよ。若者たちが多いから、かなりの量が必要だな。それからこの地ならではの肴になるものを手配してくれるか?」
「かしこまりました。近くに名のある鵜匠もおりますれば、趣向もこらせますな」
「うむ。頼んだぞ」
「はは」
源氏は一行と桂の院に向かい、そこで宴を開くことにしました。
近くに住む鵜飼の名人も自慢の鵜たちを従えてすでに邸に控えております。
惟光の機転で生きた川魚が池に放たれて、鵜が魚を捕まえる様を堪能した君たちは川魚を肴に酒を酌み交わし始めました。
秋の爽やかな風が心地よく、美味い酒に興がのってくると各々絶句などの詩文を作って朗じる姿が溌剌と若者らしい。
中には優れたものも、首を傾げるようなものもありましたが、意気揚々とした若者たちの姿が源氏には微笑ましく感じられます。
鷹狩に行っていた者達もほんのしるしばかり小鳥を携えて、飲めや歌えやの大宴会となりました。

月が華やかに上った頃、管弦の遊びでも始めようとすると、新たに四、五人の公達が姿を現しました。
彼らは主上(おかみ=帝)からの遣いとしてやってきたのでした。

月のすむ川の遠(おち)なる里なれば
       桂のかげはのどけかるらん
(月の中には桂の木があるという故事がありますので、桂川といえば月のすむ川でありましょうから、桂の影(月影)も趣があるでしょうね)

源氏は帝からの遣いに恐縮し、

久方のひかりに近き名のみして
    あさゆふ霧もはれぬやまざと
(たしかに桂の里といえば月に縁のある場所なのですが、実際のところは朝夕霧も晴れない山里なのでございます)

御目で確かめていただきたいものです、と行幸を期待する返歌を差し上げました。

急な宴だったので、遣いの方達や貴公子達に褒美として与えるものを用意していなかったもので、源氏は大井の山荘になにか適当なものをと打診すると衣櫃を二棹送ってよこされました。
中には上等で真新しい女性用の装束がたくさん納められており、遣いの方達は喜んで都へと戻って行きました。
宴はまだまだ終わりそうにありません。
夜通し騒ぐ男たちの声が風に乗り、近いようで、遠い。
大井の山荘では明石の上がそれを寂しく聞いているのでした。

次のお話はこちら・・・


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?