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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十六話

 第百二十六話  親心(三)
 
常陸の守はちょうど宮中の内教坊(ないきょうぼう=音曲などを司る部署)に仕える女官を招いて娘たちに琴の指導を乞うているところでした。
財産ばかりがうなるほどにあってこうした雅の嗜みもない人ですので、娘たちが一曲弾くごとに師である女官を拝み、深々と頭を床にこすりつけて崇め奉っているのが滑稽で、北の方はあまりの見苦しさにその場を離れました。
仲人の君は常陸の守とは面識がありませんでしたが、これを機に取り入ろうと考えておりますので、おべんちゃらを欠かしません。
「常陸の守さま、なんとも風流な音色でございますな。こちらの姫君は大臣家の姫ほどの御器量を備えておられるという噂は真と拝察致します」
「そうか、そうか。世間ではそのように言うておるか」
「左様ですとも。本日はお耳にいれたいことがございまして罷り越した次第でございますよ」
「む、何であろうか」
「はは」
そうして手を擦り合わせながらにじり寄る仲人の下卑た様子が、左近の少将とさして変わらぬ同じ穴の貉らしい。
「左近の少将さまをご存知でしょうか」
「うむ、なかなか将来有望な若者という噂を聞いておる」
「後には大臣にも上られるのではという御方でございますよ。実はこちらの姫君と縁談が進んでいたのはご存知でしょうか?」
「何?どの姫じゃ」
「対の姫と呼ばれておられる御方だとか。常陸の守さまの寛容な御計らいあってこちらに養われているということですが、北の方さまはよりにもよって少将さまを謀ろうとなさったんでございます。少将さまが頼りにしておられるのは何を置いても常陸の守さま。その御娘なればと結婚を考えられていたのですが、偽られて縁談をもちかけられたのでございます。少将さまは、それはもう落胆されましてなぁ」
「なんと」
常陸の守は何の相談も無く事を進めた北の方に腹を立てましたが、何より自分の子供たちをないがしろにされたと頭に血が上りました。
「私めも少将さまに申し訳なくて。昨今では優れた婿を引き当てるにも苦労が多いご時世でございます。少将さまのような御方をこちらにお世話出来ればと張り切ったのでございますが・・・」
そう言いさすと、常陸の守は思った通りに話に乗って来ました。
「うちには私が特に可愛がる姫がおりましてな。十二歳と年若くはありますが、他の子たちよりも別格に扱っているのです。明け暮れこの子の幸せの為ならばと数多申し込みのある中でも思案しているところなのですよ。もしも少将さまのような御方が婿になってくださればこの上ないが」
「秘蔵の姫をお許しいただけるというのですか?それならば少将さまもお喜びになるでしょう」
「私はそもそも少将さまの父君・故大将さまに仕えていた身なれば少将さまと縁が結べるとは願ったり叶ったりですよ。もちろん少将さまへの援助は惜しみませんぞ」
「おお、ありがたい思し召しでございます。では、さっそく少将さまにその旨お伝え致しましょう」
仲人の君が飛び上がらんばかりに喜び、浮き浮きと帰ってゆくのを笑顔で見送ると、常陸の守は顔を怒らせて北の方の元を訪れました。
「お前は賢しく立ち回ったつもりだろうが残念であったな。左近の少将さまは末の姫と結婚したいそうだ。わしもご機嫌を損ねられるのが辛いので承諾したぞ。何よりあんな優れた婿をよそに奪われるのも癪だからのう」
「姫はまだ十二になったばかりではありませぬか」
「お前が大切にする姫よりもわしの娘の方がよいそうじゃ」
憎たらしく笑う夫が恨めしくて北の方は大粒の涙をこぼしました。
「お前がわしの娘を蔑むからこのようなことになるのだ」
「同じ娘であるのに蔑むなどと」
「この婚礼はわしが執り行うのでお前は関わらんでよろしい。せいぜいこちらの姫を大事にするがよいぞ」
そうしてどたどたと大きな足音を立てて守は去って行きました。



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