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紫がたり 令和源氏物語 第三百三十七話 若菜・下(三)

 若菜・下(三)
 
源氏の一門は泰平で順風満帆、夕霧もその若さで大将にまで上り詰めておりますので、ここのところは平穏な日々が続いております。
婿である髭黒左大将は次代にも重んじられる人であるので、これまた文句のない栄えあるご様子。
玉鬘も今は左大将の北の方と世間にも認知され、尚侍としての務めも立派に果たしているので敬われ、これまた結構なことであります。
それに比べると大将の前妻、ひいては御実家の式部卿宮家は今ひとつぱっとしないものでした。
式部卿宮ご自身は冷泉帝の御伯父でいらっしゃるので信頼も厚く、世の声望も高いのですが、北の方が意地の悪い人でしたので、評判が芳しくありません。
加えて先の髭黒の左大将の北の方であった宮の娘(紫の上の異母姉)は変わらず物の怪に憑かれたように乱暴な振る舞いで女房たちを虐げ、かと思うと呆けたりしておりますので、自然そうした様子が世間に漏れ出ると物笑いの種になるばかりです。
そちらに引き取られた真木柱の姫君はそろそろ結婚を考えなければならない年齢になっております。
大将には姫と言えば真木柱の君ただ一人でしたので、是非こちらへ引き取ってどこか立派な婿を迎えてあげたいと願うのは親として当然のことでしょう。
玉鬘も喜んでお世話しようと張り切っておりましたが、式部卿宮は大将を未だ深く恨んでいるようで、申し出はあっさりと断られてしまいました。
「大将の力なぞ借りずとも、姫君には立派な縁組をさせようではないか」
そう老人特有の依怙地さが顔を出しておられるようです。
左大将は落胆しましたが、そこまで宮ご自身が公言されておられることですし、何より真木柱の姫が幸せになるのであれば、自分は口を出すまいと沈黙を守りました。
真木柱の姫ご本人はどう思っていたかというと、幼い頃から母が暴れて父をよく傷つけていたことから、実母ながらほとほと嫌気がさしておりました。
父と別れて母はさらに根性が曲がってしまったようで、暴れる姿も醜悪そのものなのです。
 
真木柱の姫は弟たちによってもたらされる玉鬘からの上品で心をこめた優しい手紙に、いつしか憧れを抱いておりました。
弟たちは玉鬘の実の子のように慈しまれ、心底母として慕っているのです。
できることならば自分もあちらで父と仲よく暮らしたいものだ、結婚はもちろん父が勧める相手ならば安心である、と考えていたのです。
しかし年々気難しくなる祖父・式部卿宮は姫の気持ちなど推し測ろうともしません。
祖母も玉鬘や紫の上など、よその悪口ばかりを言ってとても尊敬できる女人ではないのです。
格式ばかりが高い広い邸でこの小さな姫君は独りぼっち、不安に苛まれながら日々を過ごしているのでした。

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