見出し画像

令和源氏物語 宇治の恋華 第百三十話

 第百三十話  親心(七)
 
匂宮が参内の為に二条院を離れると、北の方は早速中君の元を訪れました。
やはりこの二条院の空気に触れた今となっては宮の姫こそこちら側の世界に相応しいように思われてならないのです。
「中君さま、こちらに参りましてわたくしはどれほど自分が取るに足りない存在か思い知りましたわ。宮さまのご様子の立派なこと。やはり尊い御方は違いますわねぇ」
中君はあからさまに褒める従姉妹の仕草が媚びて田舎じみているとは思いましたが、愛娘の為に必死なのであろうと笑んで応えました。
「もうお聞き及びかもしれませんが、先程こちらに伺候している若者たちの中に左近の少将という者がおりまして・・・」
北の方は常陸の守の仕打ちと少将のあさましさに宮の姫が傷つけられたことを語りました。
「娘を持つほど気苦労なことはありません。ましてや我が姫にはわたくししかおりませんから先々が心配でなりませんの」
「そうですわね。女人というものは頼りない存在ですものね」
「いっそ尼にでもしたほうがよいものかと悩んでおりますのよ」
「尼になるにも世話をしてくれる人も無ければ暮らしぶりは惨めになるばかりですわ。女人の行く末とはまことに思わぬこともあるようで、わたくしは父の遺言に従い宇治で人に知られずに一生を終えようと考えておりましたが、そうなると今ここにあるのも不思議でございましょう」
中君が思慮深い風情で頭を傾けられると黒々とした髪がさらさらとこぼれ落ちる姿も麗しい。
このように恵まれた中君にも悩みはあるのであるなぁ、と北の方は女人の定めというものを辛く感じました。
「それでも中君さまの宿縁はこちらにあったのですもの。きっと前世で徳を積まれたのでしょう」
果たして今の自分が幸せであるのか、即座にそうとは答えられぬ中君は複雑な微笑を口元に浮かべるのでした。
「実はこちらに伺いましたのには理由がございますの。先日薫大将さまから我が姫の世話をしたいとの仰せがありまして」
「まぁ、そうでしたの」
「とてもありがたいお話ですがわたくしどもは身分賤しい身ですし、とても姫宮を賜る大将さまと釣り合うとは思えませんもの。中君さまは大将さまと親しいと伺いましたので、どんな御方なのか聞かせていただきたくて」
「そういうことでしたか」
中君はふと亡き姉の大君と薫君とのことを話そうかどうしたものかと逡巡し、眉を顰めました。
「弁の尼から大将さまと大君さまとのことは伺っております」
「そこまでご存知なのですね。それでは薫さまは真剣に姫のことを考えられておられるのかもしれません」
「しかしながらいくら見た目は瓜二つでも別の人間ですわ。お気に染まぬからといって打ち捨てられるようなことがあるならばあんまりでございましょう」
「薫さまは一度決めた御心を簡単に変えられるような殿方ではないのですよ。それに姫が姉とは違うことなどおわかりになっていらっしゃいますわ。もしも本当に尼にすることをお考えならばいっそ薫さまに賭けられては如何でしょうか」
「まぁ、なんともお答えのしようがございませんわ」
「薫さまの人柄におきましては申し分なく立派で心の清い御方ですのよ」
「ええ、そう言われましても・・・」
北の方が決断できぬのも無理からぬこと、そこにちょうど噂の薫大将が来られたという取り次ぎがありました。
「ちょうどよい機会ですわ。薫さまの人となりをご自分の目でお確かめになっては如何でしょう」
中君がそう言って次の間から薫君を覗けるよう計らいました。


次のお話はこちら・・・




この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?