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令和源氏物語 宇治の恋華 第百十六話

 第百十六話  姫宮のご降嫁(四)
 
薫が姫宮に通い、三日夜の成婚の宵は華やかな宴が宮中にて催されました。
これはお主上の思し召しでありますが、母君・御息所が生きておられればこれほど盛大にはならなかったかもしれません。
晴れ晴れしく帝の婿となった薫大納言は堂々と美しく、やはり当代一と言われるに相応しい。
夕霧は立派になった薫の姿を目の当たりにして心密かに柏木を偲んだのでした。
 
「薫は強運な男であるなぁ、そうは思いませんか?」
六条院に戻り、端近にて夫の盃を満たすかつて落ち葉の宮などと呼ばれた朱雀院女二の宮はうっすらと笑みを浮かべて頷きました。
「立派におなりになって、ご自慢の弟君でいらっしゃいますわね」
「ああ。幼い頃に両親とも仏門に帰依してしまったので、寂しい思いをしたのではないかといつでも気にかかる子だったが、まさか帝の姫宮を賜る男になるとはな」
「夕霧さまのお引き立てあってのことですわ」
「いや、薫の実力に相違ない」
夕霧はこの人の前ではついこうしたことも漏らしてしまいます。
長く連れ添った雲居雁は世間の風に当たることも無く、政治の世界を知らずに生い立ったもので事情も呑み込めないでしょう。
世の誹りを受けながら困難を乗り越えて結ばれたこの女二の宮の前ではいつしか政治家としての辛さなども吐露してしまう夕霧なのです。
「我が父、源氏でさえ准太天皇となった晩年に女三の宮をご降嫁された身分であるのに、薫はまだ三十歳にも満たぬのに皇女を賜るとは。しかも今上が在位であるとはこれほど頼もしいことはなかろうよ」
「そうでございますわね」
そうしてしっとりとした風情で慎ましく盃を満たす妻が好もしく、夕霧は昔を思い出さずにはいられません。
「結婚した時のことを覚えていますか?あなたは頑迷であったなぁ。その心を溶かすのにどれほど時間がかかったことか。でも私はあなたを得たおかげで心の平安を得られた。あなたはいまだ私の振る舞いをお恨みか?」
「さぁ、もう昔のことですからなんとも」
そう言いさして、嫋やかに躱すのが魅力的な風情です。
そう言えば、この女二の宮の最初の夫は柏木の大納言であるので、夕霧は薫をなるべく側には近寄らせないように気を配って来たのです。
夫婦という縁を結んだ女二の宮に薫が柏木の子であるというのを気取られてはならないという夕霧の配慮からでした。
しかしこの宮の感性の鋭いこと。
六条院にて管弦の遊びがあった折に薫の奏でる笛の音に、
「なにやら柏木さまのお手に似ておいででございます」
そう呟いた時には夕霧の肝は冷えるようでした。
「さすがあなたの耳はごまかせぬ。あれはまさに柏木の愛用した名笛『清雅』の音色なのですよ。薫が笛を得意とするので私よりも相応しかろうと与えたものです。優れた人の手によると音色も引き立つでしょうからね」
「さようでございましたか。たしかに名人の手によれば音色がことさらに美しく響くものですわ」
「あなたに断りも無く薫に笛を譲ったことを不快と思われたでしょうか」
「いいえ、きっと笛も名手に吹いていただくことを喜んでおりましょう」
果たして女二の宮が薫を柏木の子と気付いたかどうかは測りかねますが、二度とこの事は話題に上ることは無いでしょう。
我が一門はこれで次の代も安泰であるよ、と夕霧は父・源氏から託された重荷が少しばかり軽くなるように思われるのでした。

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