令和源氏物語 宇治の恋華 第二百五話
第二百五話 幽谷(三)
「なんと美しい姫なのでしょう」
僧都の妹尼は眠る浮舟の長い髪を梳りながらうっとりと見入りました。
妹尼はちょうどこの年頃の娘を亡くしており、娘が戻ってきた、と病に臥せる母尼よりもまめまめしく世話をしているのです。
幸い母尼は大事には至らず今は起き上がるほどに回復しておりますが、僧都はこの目を醒まさぬ乙女に入れ込む妹が心配でなりません。
「この様子からして高貴な姫君ではあるまいか。物の怪に魅入られて攫われてきたのであれば、いずれ帰る家もあろう。ほどほどになさいませよ」
「いいえ、この姫はわたくしの娘でございます。初瀬の観音さまにお参りした折、観音さまは夢に立たれてわたくしに娘を授けてくださるとお約束くださったのですもの。間違いなくこの姫のことですわ」
「そう決めつけてはなりませんぞ」
「そうでなければこのような巡り会いはございませんでしたでしょう」
害を為すわけでもなく、甲斐甲斐しく世話をしているのであれば問題もなかろうかと、思い込む妹の気持ちもいたく理解できるもので、僧都はそれ以上何も言うことが出来ませんでした。
夢うつつの眠れる姫に水を飲ませ、粥などを食べさせ、尼君の献身的な看病で姫君の頬は徐々に赤味をさして回復しているように思われますが、なかなか目を醒まそうとはしません。
奇跡的に身体的には何の問題もないようですので、今日は目を開けてくれるに違いない、早く声を聞きたいものだ、と尼君は懸命に付き添っているのです。
それでも気になるのは、姫が眠りながらに時折涙を流されることでしょう。
一体どれほどの辛い傷を負うているのか、と憐れを催す尼君なのです。
姫を見つけてから四日ほど経った頃でしょうか、ふいにうっすらと瞳を開きました。
しかしながら焦点をしっかりと結ばず、混迷している様子です。
「姫、目を醒まされましたか?しっかりなさいませ」
尼君は精一杯励ましましたが、念願の姫の第一声は想像していたものとは違いました。
「わたくしは生きている価値もございません。どうかこのまま宇治川へ流してくださいまし・・・」
鳥のさえずるようなかわいい御声であるのになんと悲しいことをおっしゃるものか。
姫の目尻にすっと涙が流れるのを見た尼君はいたわしくて共に泣きました。
誰かが泣いている。
浮舟はぼんやりとそれを感じましたが、奈落へと落ちてゆくように再び眠りに落ちました。
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