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令和源氏物語 宇治の恋華 第百六話

 第百六話  迷想(十六)
 
三日夜の宵、まるで昼のように明るく絢爛に飾り立てられた六条院を目の当たりにして匂宮は元来派手好きな気性からか自然心が浮き立つように、足取りも軽く感じられるのでした。
中君との結婚の際には霧も深い宇治の里の粗末な山荘でしたのでやはり玉の台(うてな)とも言われるこの六条院の荘厳さは野心ある男心をくすぐるのもの。
加えて若い六の姫君の利発で美しい様子に逢うたびに惹かれずにはいられないのです。
夕霧の左大臣は一の姫を東宮に差し上げた折にも盛大になさりましたが、その勢いにも負けぬほどに露見(ところあらわし)の宴を盛り上げようと名門の貴公子や親王方を招待しておりました。
接待される側としてはやはり当代一の貴公子である薫中納言を要としてにぎにぎしく出迎えられるのを面映ゆくも心地よく酒も殊更に美味く感じられるのです。
夕霧の左大臣を煙たく言ったこともあったものを薫は如何に思うているであろうかと顔色を読もうとするも、薫はちらとも本心を表しません。
作り笑いを浮かべて酒を注ぐのがわざとらしく、面白がっているようにも、皮肉らしくも感じられてどうにも居心地の悪い宮なのです。
薫とて晴れて左大臣家の婿となった匂宮にどのような顔をしてよいのかわからずにいたもので、ただ公務をこなすよう振る舞っておりましたが、宮の裡にある中君への申し訳なさ、やましさゆえにそのように感じられるのでしょう。
夕霧は招待客たちに豪華な装束や縁起物を詰めた桧破子などを土産物として用意し権勢のほどを見せつけるようでしたが、押しも押されぬ大臣のこととて六の姫を娶った匂宮をみなは羨ましく思うばかりなのでした。
飲めや歌えやの饗宴に夜は更けてゆく。
匂宮は自分が主役である宴に酔いしれて、まんざらでもないような表情を浮かべていられるのでした。
薫はひとしきり役目をこなすと宴をそっと抜け出しました。
どうにも華々しい場所が己に相応しく思われないのです。
暗がりで月を眺めておりますと薫の従者の一人がぼやいておりました。
「うちの殿もこのように華々しく名門の婿に納まれば俺達もよい思いができようものを。なぁ、おい」
「ふふ、まぁな。薫中納言といえばどこの貴族でも婿に欲しがる当代一の御方であるからな」
世間ではそのように言われているものか。
自分も捨てたものではないな、と物陰で笑む薫ですが、皇女を賜ろうという話が出ているにも関わらず心が動かぬのもどうにも依怙地な性格であるよ、と自嘲するのでした。
 
平安時代の「通い婚」は男性が女性の元へ通う婚姻スタイルです。
最初の二日は暮れてから女性を訪れ夜が明ける前に帰り、三日目には新郎・新婦揃って夫婦固めの『三日夜の餅』を食べるのです。
そして宵を過ぎる頃に親族や賓客を集めた場で晴れて婿を披露する『露見(ところあらわし)の儀』が行われて成婚ということになりました。
盛大な宴は朝まで続き、新婿はそのまま新婦の元で共に朝を迎えます。
この日を境に婿は妻の家で生活の面倒を見てもらうようになるのです。
夫婦は共に起き、食事をして妻の家の者が装束も用意し、婿の世話を甲斐甲斐しくして内裏へと送りだし、日が暮れると婿がまたやって来るというわけです。
匂宮が左大臣家の婿として正式に披露されると権勢ある財力豊かな六条院での生活は快適以外の何物でもありませんでした。
さすが天下人の邸に仕える女房たちはみな美しく、動作も洗練され、かゆいところとみればすぐに手を差し伸べるような気の利く者たちばかり。
六の姫の側近くに侍る六人の女童たちもみな美しい子供たちなのです。
何より明るい陽の元で見る六の姫その人こそが宮の心を離しませんでした。
少し幼い顔立ちの若々しい姫ですが、健やかに成長した体は成熟して今を盛りと得も言われぬ色香を漂わせております。
初々しくも文学の話など水を向けるときらきらと瞳を輝かせて答える利発さも鼻につくというよりは、ただただ可憐。
六条院での日々の饗応は匂宮の気骨を忘れさせ、六の姫と過ごす時は自我を捨て去らせる遊蕩への誘いのよう。
時を忘れて姫に溺れる宮はあたかも竜宮にて己を忘れた浦島太郎さながらの状態なのでした。
匂宮とて二条院で待つ中君を忘れたわけではありません。
ふとした折にどうしているか、食事はしているか、と心に過ぎるのですが、六条院から六の姫に背を向けて二条院へ渡るというのはなかなかどうしてできぬもの、まさに夕霧左大臣の思惑通りにされてしまった宮なのでした。

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