令和源氏物語 宇治の恋華 第百四十二話
第百四十二話 浮舟(六)
薫は京の母君や妻である女二の宮には物忌みの為と偽って宇治へ滞在しておりました。
浮舟をこちらに連れてきたのはよいものの、その存在を知られるわけにはいきません。浮舟はたしかに故八の宮の姫君ではありますが、世間に認知された子ではないので受領の娘ということになります。
天下の右大将たる薫の身分からいえば中流の娘は到底釣り合うはずもなく、そうかといって浮舟を女房風情の使用人のようにはしたくはない。
どのように扱ってよいか考えあぐねているのです。
いずれ折を見て京へ迎えるとすでに心は決まっておりますが、今はまだ女二の宮と結婚したばかりですので、この宇治に留めておくのが最善の策と言えましょう。
しかしながら多忙な公務を抱える薫には宇治へ赴きじっくりと時間を取るということが難しいのです。
「私はあなたをいずれ正式な妻として京へ迎えるつもりでおります。それまではこちらで過ごしてくださいね」
「薫さま、わたくしはそう仰っていただけるだけで幸せですわ」
浮舟は微笑むと柔らかく体を委ねました。
その様子がまた愛らしく、ひとときでも離れるのを辛く感じる薫なのです。
「これから暮れに向けて宮中行事が控えているし、年があけたら年賀でまた多忙になる。寂びしい思いをさせてしまうのが気の毒だ。しかしあなたを大切に想っていることを忘れないでほしい」
「大丈夫ですわ。わたくしは薫さまを信じております」
ほんの数日のことでしたが、確かに薫と浮舟の間には絆が結ばれて、互いを恋い慕うようになっております。
薫はこの人を大君の身代わりなどではなく、まことの愛情を感じ始めているのでした。
京へ戻る車の中で薫は新たな懊悩に身を焼いておりました。
あの大君との思い出の宇治に姿を映したような姫君を据えたことをあの人の御霊はどのように思われることか。
愛しいあなた、せめて妹の幸せと思召せ。
車窓から燃えるような紅葉が覗くのをふと車を止めさせて惟成に一枝手折らせました。
それは女二の宮への土産にというもの。
彼岸に去った方にも、この世にある方々にもなにくれと気を遣う生真面目な君なのでした。
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