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紫がたり 令和源氏物語 第百十三話 須磨(二十)

 須磨(二十)

三月のはじめになると、巳の日に禊(みそぎ)をすれば神仏の加護で心配事が解消されるそうです、などと従者の誰かが聞きこんできたので、源氏の一行は陰陽師を召してお祓いをすることにしました。
この土地は海の恩恵を蒙るところなので、浜辺にての禊がよいということです。
陰陽師が呪(しゅ)を唱え、穢れを移した大きな人型を小舟に乗せて海原へと送り出しました。
その波間に揺られながら沖へ吸い込まれていく様子を見ていると、源氏自身が流されていくように思われて心細くなります。
「惟光よ、まるであの人型は流浪している私そのものではないか」
「殿、これでひとつ穢れが祓われ、きっと御身によいことがあるに違いありません」
そのように惟光が奏上した途端、空が急に暗くなりました。
ざわざわと風が吹き、渦を巻くかと思えば、雲の合間からごろごろと音が鳴り響きます。
突然のことにまだ禊も終わっていなかったのですが、みな動揺しています。
陰陽師もさすがの急変にたじろいでいるようでした。
「陰陽師よ、これは如何なることか?」
「なんとも申し上げられませぬ。ですが、神威を感じまする」
一段と風が激しくなり、ざぁっと強い雨が降り始めました。
顔を強く叩く雨に耐えられずに目をつむると、海の上に白い稲光が落ちたように辺りは明るくなり、轟音が鳴り渡りました。
源氏一行はほうほうの体で邸に辿り着きました。
「雷(いかずち)で死ぬかと思ったぞ」
「こんな目に遭ったのは初めてだ」
みなびしょ濡れで寒さと恐怖に震えています。
そんな中で、
「このような辺鄙な浦では急に天候が変わるようなこともあるのですなぁ」
などと、惟光は源氏を不安にさせない為にのんびりとのたまい、まず君のお召替えをと働きました。
そうして全員で身を寄せ合い読経しました。そうして願いが通じたのでしょうか。
夜半には雨足は穏やかなものに変わりました。
源氏がうとうととまどろんでいると、遠く彼方の光から何者かが現れて目の前に立ちました。
光によって影しか見えないので、人か神か妖しのものかもわかりません。
「源氏の君よ。人型などではなく、何故御身がお召しに従わないのですか?」
影はそのように問いかけました。
はっと目覚めた源氏は、何やら空恐ろしく感じました。
人型といえば昼に海に流したものです。

さては美しい者を好むという海龍王が私をお召しになっているというのか?
陰陽師は「神威」と言っておりました。
一体この須磨に隠棲したことは何かの導きであったのか?

そう考えるだけで、何やらこの浦での生活が気味悪く思われる源氏の君なのでした。

次のお話はこちら・・・


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