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「愛しているよ」の伝え方 〜「対話の森」静寂の90分 ダイアログ・イン・サイレンスを体験〜

声や音を無くして、私はどうやって大切な人に「愛しているよ」と伝えるだろうか。

人生で何度かこんなことを考えたことがある。初めて考えたのはドラマ「愛していると言ってくれ」を見た時だった。当時、小学校1年生だった私はトヨエツ(豊川悦司)演じる聴覚障害のある青年画家・晃次の手話を見て「愛している」の伝え方を手話で覚えた。少し丸めた左手を、愛おしそうにやさしく右手で撫でるような仕草。子供ながら、犬や猫を愛でるような、幼子の頭を撫でるような…その"愛おしさ”を感じる仕草から「愛」の言葉以外の表現を知った。

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9月のはじめ、私は浜松町にある「対話の森」を訪れた。日本で初めての「対話」をテーマにしたダイバーシティミュージアム。

目以外の感性を使い、見た目や固定概念から解放された対話を楽しむ「ダイアログ・イン・ザ・ライト(ダーク)」。音のない世界で、言葉や文化を超え、表情やボディランゲージで対話を楽しむ「ダイアログ・イン・サイレンス」。参加者である私たちが、固定概念の枠を逸脱し、"ダイバーシティ"を体感した瞬間に生まれる新しい「対話」が展示物のミュージアム。

どちらの対話にしようか・・・チケットを予約する時に悩んだ。が、ふと冒頭の「愛していると言ってくれ」のエピソードを思い出した私は「ダイアログ・イン・サイレンス」を予約した。

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ミュージアムの入り口を潜ると「こんにちは」とスタッフの方が手話で声をかけてくれた。そうか…ここから先、施設内全てが「対話の森」。それは声に乗せた言葉だけではない対話が交わされる森。久しぶりの手話での挨拶になんとなく気恥ずかしさを感じながらも、私も「こんにちは」と返す。

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受付を済ませたら、荷物は全てロッカーへと案内された。携帯電話、バッグ、音が出てしまうであろうアクセサリー・・・全てロッカーに。手ぶらになった参加者は、最初にスタッフの方から展示場内での注意事項について説明を受け遮音用のヘッドセットを渡される。ヘッドセットだけを手にして、いざ音のない「静寂の森(展示場内)」へ足を踏み入れていく。

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部屋に入ると、実際に普段も「音のない世界」で生活をしている聴覚障害のあるアテンドスタッフが私たちを迎え入れてくれた。そこからヘッドセットを装着して、部屋の中を進んでいく。

あらかじめ言っておくと、この「静寂の森」の中で私が体験したことは記すことはできない(これは私たち参加者全員とスタッフみなさんとの約束だから。)。

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しかし、想像できるだろうか?音のない世界で過ごす90分間。声を出すことも、音を聞くこともない、全くの"静寂"の世界。こんなに長い時間、音のない世界で過ごすのは人生で初めてだった。

参加者は私を含めて6名とアテンドスタッフ1名。マスク越しの限られた顔の面積と全身を使い、ヘッドセットをつけたまま「対話」をする。私が「静寂の森」の中で体験した90分間は、とてつもない集中力と精一杯の表現力で満ち溢れていた。

マスクからはみ出るくらい、表情筋を動かす。相手の目を見て瞳から意思を読み取る。全身を上下左右に、身振り手振りで思いを伝える。

想像以上に大変だった。

ただ不思議なことに、全ての展示を体験し終えて、音のある世界に戻った時、見知らぬ物同士だった私たちにはあたたかい一体感が生まれていた。そして不安に包まれたように硬い表情だった90分前と打って変わって、マスク越しでも伝わるほどの豊かな表情になっていた。こんなにも人の表情とは90分で変わるものなのか…自分でもそれはそれは不思議な体験だった。

そしてこの体験がまさに、あらゆる枠(年齢、性別、音が聞こえる、聞こえない…)を超えて「対話」が生まれた瞬間。つまり、私たちの「対話」が展示物となった瞬間だった。

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アテンドをしてくれたスタッフのまっちゃさんとサポートのはるかさんと一緒に。(実は、参加者全員とも最後に写真を撮った。すごい、一体感。そして見てほしい、この全身を使った表情の豊かさ。このポーズの意味は展示を体験した人だけが分かる。)

「どうでしたか?」

最後にアテンドをしてくれたまっちゃさんが質問をしてくれた。とっさに私は、覚えたての手話とマスク越しの表情、そして全身を使ってその質問に答えた。

「むずかしかったシーンもあった。でも、とっても楽しかったです。また来たいです。」

言葉を声に乗せることなく伝えることができた。自分が、何かを飛び越えて新しい表現をつかみ取ったのを体感した。自分でもその瞬間が目に見えて分かって、うれしかったし、楽しかった。

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スタッフのみなさんに、全身を使ってお礼と感想を伝えた。最後「さようなら〜!」と大きく手を振ったら、スタッフのみなさんが大きく両手で手を振り返してくれた。ミュージアムを後にする最後の瞬間まで「対話」を楽しんだ。こんなに温かい気持ちになって帰るミュージアムは、世界でも「対話の森」だけであろう。

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さあ、改めて私はこれから「愛しているよ」とどうやって大切な人に伝えるだろうか。家族に、友人に、全ての大切な人に。マスク越しでも、音がない世界でもどこででも、どうやってでも。そこには「対話の森」を体験した人だけが知っている「言葉」と「対話」があるに違いない。


【対話の森】

住所:複合施設「アトレ竹芝」内 アトレ竹芝シアター棟1階
(東京都港区海岸1-10-45)
開催時間:11時~20時 ※事前予約制 
体験料金:大人3500円、中高生・学生2500円、小学生1500円(税別)
WEBサイト:https://taiwanomori.dialogue.or.jp/

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