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やさいクエスト(第十五回)

XV.第二章 未来のゆくえ(6)

 扉がゆっくりと開き、何者かが足音を殺しつつ侵入してくる。目標はやはり、ベッド。暗がりで姿ははっきりしないが、夜景のほのかな明かりを受けて時おり浮かぶシルエットはいびつで、闇色よりもなお暗かった。
 侵入者は黒い、布のようなものを身に纏っていると理解したキャベツ。近づくにつれ、サイズの目算もついてきた。キャベツと比べれば明らかに小さい。どれくらいかと問われれば、そう、それこそジャガイモと同じくらいだ。
 侵入者はベッドのすぐ傍へと近づき、足を止めた。手には抜き身の長剣が握られている――となれば、目的は想像の通りであろう。
 だが、まだだ。
 刃を下に向ける形で高々と剣が持ち上げられたかと思うと次の瞬間、その剣が真直ぐに突き立てられた。刃は寝具ばかりを貫き、布の裂ける鈍い音がどすり、と暗闇に響く。
「……!?」
 手応えのなさに声にならない声を上げ、狼狽する侵入者。すでにベッドから抜け出ていたキャベツが、陰からその様子を窺っていたとも知らずに。
 これぞキャベツが狙いすました一瞬であった。
「でやあっ!!」
 飛びかかるキャベツ。確実に捉えたはずの一撃は闇に絡まりわずかに浅く、身を翻し防御した侵入者の剣と、キャベツの剣とががっちりと噛み合った。先に距離を取ったのは侵入者の方だ。身のこなしが軽妙で、部屋の広さは侵入者の利となるかに思われた。しかしキャベツも腕には覚えがある。相手の動きを読み、次々繰り出される攻撃を紙一重でかわす。
 戦いはキャベツが押していた。このまま続けば、まずキャベツの勝利だ。しかし、突如としてキャベツの動きが鈍った。
 似ている――太刀筋が、あまりにも!
 侵入者は決して弱くはない。その剣は速く、並みの者なら刃を瞳に映すことなく散るだろう。速さだけならキャベツを上回るかもしれなかった。にもかかわらずキャベツが余裕を持って戦えたのは、その並々ならぬ実力ともうひとつ、看過できない要因があったのだ。戦いの中、キャベツは気付いてしまった。
 侵入者の太刀筋は、ジャガイモのそれと非常によく似ていたのである。何度となく手合せした友の剣を、キャベツの体が覚えていた。攻撃がいかに速くとも、次の一手を『知って』いるのだから捌けるのも当然だ。
「ジ、ジャガイモ……!?」
 今度はキャベツがうろたえる番だった。ジャガイモ流剣技は一族間のみでの伝承、他者が一朝一夕で真似できるものではない。この侵入者はやはりジャガイモの縁者か、でなければ――わずかな疑念がわずかな隙を生み、徐々に劣勢に傾いていくキャベツ。押し返すだけの気勢が持てず、とうとう壁際へと追いつめられた、その時。
「キャベツ!! 聞こえるか!! キャベツ!!」
「ジャガイモ!」
「罠だ、そいつは――敵だ!!
 ジャガイモの声は廊下から聞こえた。目の前にいるイモと思しき者は、キャベツの知るイモとは別個体なのだ。疑念が晴れた刹那、キャベツは一気に攻勢へと転じる。相手も弱くないといえ、無二の友にはあと一歩及ばない。冷静さを取り戻したキャベツが再び押し返すのはわけもない話だった。そして。
「はあっ!!」
 充分に気勢の乗った一太刀が、もう一方の剣を宙へと弾き飛ばす。
「ああッ!」
 あまりの衝撃に侵入者も体ごと後方へ吹き飛び、ベッドの側面に打ち付られると、やがて膝をついた。キャベツの勝利だ。
 キャベツは侵入者にそれ以上の抵抗の意思がないことを悟ると、まず部屋に明かりを入れた。想像通り、漆黒の布で体を覆い隠した侵入者が転がっている。
「キャベツ、無事か……!」
「ジャガイモ!」
 部屋の明かりで戦いの終わりをけどったか、扉の向こうからジャガイモが転がり込んできた。比喩ではない。ジャガイモは両手を後ろ手に縛られ、文字通り転がってきたのだ。これも侵入者の仕業に違いなかった。
「ジャガイモ、何があったんだ」
 慌ててジャガイモの縄をほどくキャベツ。解放されたジャガイモは、憎々しげに侵入者を見下ろした。ジャガイモの態度にはこの何者かへの並々ならぬ敵意があらわれていた。一体、何があったというのか。
「こちらも寝込みを襲われたのだ。油断したよ。最初から部屋の中に身を隠していやがった。とんでもない宿を用意してくれたもんだ」
 やはり罠――今さらながらジャガイモの忠告が胸を衝く。が、過ぎたことは仕方がない。
「こいつは何者なんだ? 太刀筋はジャガイモ流そのものだった」
 キャベツは敵の正体がつかめない。しかしジャガイモには心当たりがあるようだ。
「それは、そうだろうさ」
 さも当然、というように吐き捨て、ジャガイモは侵入者に近付く。と、その身を覆っていた黒い布を力任せにはぎ取った。
「見よ、これがこいつの正体だ」
「ジャガ、イモ――!?」
 キャベツは目を丸くした。布の下から現れた真の姿、それはまさしくジャガイモだったのだ。キャベツの目の前に、二体のジャガイモが並んでいる。イモでありながら、いや同じイモであるからこそ外見は瓜二つで、ホテルの従業員が間違えるのも無理からぬ話だった。もし背を向けられれば、キャベツですら見分けるのは難しいだろう。
「うう……」
 布を使って手足を拘束したところで、侵入者が目を覚ました。置かれている状況を把握すると、床に転がされてなお、射殺す様な眼光で二人をねめつけてくる。
「……久しいな、アカリ」

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