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やさいクエスト(最終回)

XXI.終章

「王様、お妃様の準備が整ったようでございます」
 ある日の朝、城の召使いが寝室の扉を叩いた。
「わかった。すぐに行くと伝えてくれ」
 キャベツが新たな国王に即位し、はや数か月が過ぎた。まだまだ壮健な前国王トーガンの助言を仰ぎつつ、政は概ね順調に運んでいた。
 キャベツは即位後すぐ、世界の歴史や『新天地』の真実、野菜たちの運命について国民に包み隠さず伝えていた。その上で、自らの主張を国民の前で改めて示したのであった。
 これまで隠されていた事実を公表するにあたっては混乱も予想されたが、勇者としてキャベツが築いた実績、それに彼の心根からキャベツの意見に賛同する民は多くあらわれ、大きなトラブルはなかった。一部破壊された列車も修理され、今では通常通り『新天地』に向けて運行している。
「あれから、もうそんなに日が経ったのか」
 キャベツは王の証である紅いマントに身を包み、城門の外へと歩み出た。門の前にはあの時の二体の精霊馬と、その馬に牽かれた大きなカボチャの馬車が用意されている。キャベツの妻となったキャーロット王妃はすでにカボチャの馬車に乗り込んでおり、微笑とともに王を招き入れた。
「いよいよ、今日ですね」
「ああ。これほど待ち焦がれた日もない」
 キャベツにとって、この日は特別な日だ。
「あなた、顔がほころんでいますよ」
「君こそ」
 王位を継承してからというもの、いちから学びを深めながら為政に精を出す、充実しつつも忙しい毎日。そんな中にあって、純粋な期待に胸を弾ませるのはずいぶん久しぶりのように思われた。子供のように胸躍らせるキャベツ王に、王妃も自然と笑みがこぼれる。
 絢爛な馬車まで用意して目指す場所、それはナス科の地上絵に他ならない。かつて友と二人で訪れた、あの広大な畑である。
「お待ちしておりました、陛下」
 畑の入り口ではアナスタシアに迎えられた。深々と辞儀をするアナスタシア。かつて畏敬の念さえ覚えた神秘の巫女に頭を下げられるのは、これで二度目だ。とはいえ簡単に慣れられるものでもなく、こそばゆい感じがする。
「う、うむ。出迎えご苦労であった。では……その、畑まで案内を頼む」
 しかしながら一国の王として、またキャーロット王妃の手前ということもあってあまり威厳を欠くわけにもいかず、キャベツはどうにか命令の体裁を取り繕った。まだまだ芯まで緊張しているのは言うまでもない。
「承知しました」
 一方でキャーロットとアナスタシアとは最初の来訪の際にすっかり打ち解けたようで、二人して国王の緊張ぶりに苦笑する様子さえ見られた。器はともかくとして、キャベツに威厳や風格が備わるのはもう少し先の話になる。
 案内された畑では、盛りをとうに過ぎて緑から黄色へと変色し、枯れかかった葉が風になびいていた。一見すると手遅れのようだが、今この時こそが収穫に最適な時期なのだ――少なくとも、ジャガイモという作物にとっては。
 もう駄目かと思われたあの半身は、この畑で無事に芽を出し、生育していたのだ。
「ありがとうアナスタシア。ええっと……もう下がってよいぞ」
 アナスタシアに礼を述べると、すぐさまイモを掘り起こすキャベツ。採れたイモを神殿に持ち込んで乾燥させながら、特に肥りの良いものひとつを選り分けておく。乾燥にかかる時間は短くても半日、長ければ一日か二日は必要だ。
「陛下、乾燥までは如何いたしますか」
「保存に適した状態になるまでに時間がかかっても、目覚めに同じだけかかるとは限らない。僕はここで待っていよう。キャーロット、退屈なら君は城に戻っても……」
「いいえ。折角の日なのですから、私も待ちましょう」
 キャベツとキャーロット、アナスタシアの三者が静かに時の熟すのを待つ。やがて日が傾き、夜も間近に迫った頃――。
「う、うう……」
「!」
 寝かせておいたイモから小さな呻きが漏れ、キャベツは我先にとイモの傍らに急いだ。ジャガイモがゆっくりと目を開け、身を起こす。
「ここは、オレは一体――」
「ジャガイモ!」
 まだ意識の判然としていないジャガイモの手を、キャベツは強く握った。ジャガイモはまぶたをこすりながら、目の前の野菜の姿を見定める。
「キャベツ? お前は――わが友キャベツか!!」
「ジャガイモ!! よかった、目覚めたんだな!」
 友の復活、そして再会を果たし、涙にむせぶキャベツ。あるいはまったくの別イモとなって復活するかとの心配もあったが、目覚めたジャガイモはキャベツの知る旧友のままであった。
「うむ。残った身を植えてくれたのだな、ありがとうキャベツ。それより――」
 ジャガイモはキャベツの頭に載る冠と、一歩引いた場所で友人同士の再会を見守るキャーロットとに、交互に目をやった。
「我が友にして真の勇者キャベツ、キミはついに王となられたのだな」
「そう畏まらないでくれ、せめて今日くらいは……。僕と君の仲じゃないか」
「やはり、変わっていないな」
 再会が一段落ついたところでキャーロットもキャベツの隣に並び、それまでのジャガイモの労をねぎらう。
「勇者ジャガイモ、あなたの活躍は王より聞き及んでおります。あなたの存在なくして、平和は戻らなかったでしょう。本当にご苦労様でした」
「勿体ないお言葉にございます、王妃」
 気取った仕草もやはり前のまま。これでキャベツの目的は達成された――かといえば、実はもうひとつ、行くべき場所が残っていた。
「ところでジャガイモ、再会を祝してすぐにでも宴を催したいところなのだが、まだ迎えに行かなくてはならない者がいる」
「ほう、その者とは?」
 キャベツは一瞬、躊躇った。この事実を、告げてよいものかどうか。
「こう言うと、君は怒るかもしれないが――」
 言いよどんでいると、ジャガイモがキャベツの肩を力を込めて叩いた。
「キミが決めたことだ。きっと間違いはなかろう。胸を張りたまえ、キャベツ王!」
「うむ……うむ」
 真直ぐ視線をかわすキャベツとジャガイモ。キャベツの心に、また一筋の勇気がわいた。
「では行くとしよう!」
 キャベツは気持ちも新たに、改めて一歩を踏み出した。
 ジャガイモと時を同じくしてナス科の畑に蒔かれた、一粒の種にむけて。

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