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ハイスピード・イセカイ

 ある日のこと、男子高校生の域成逢斗いきなりあうとは凍ったバナナに頭をぶつけて意識を失い夢とも現実ともわからない中で異世界の神に導かれレベル最大かつ強力スキルを持った状態で現代日本とは違う世界に勇者として転生し、神的な力によって個人的な都合や展開を色々すっ飛ばした状態で魔王の居城の玉座の部屋の一歩手前の扉の前で今まさにラスボスと対峙しようとしていた。
「たのもう!!」
 逢斗が物々しい扉を力まかせにはね開けると、玉座に腰かけた魔王と視線がぶつかった。魔王は深い闇色の衣を身にまとい、人と異なる薄鈍色の肌と紅い眼を持ち、お決まりの尖った耳にツノまで生えているうえに特に意味もなく長髪であった。そのくせ無駄のない細マッチョの体はきっとモテモテで口数少なでも驚異のカリスマを発揮するのであろう。逢斗とは全く逆といえる存在を前に嫉妬同然の闘志が燃え上がる。
「貴様は人間の勇者か。しかしどんな強者であれ、そう簡単にここまでは来られぬはず。一体どうやって……」
「フッフッフ、勇者にはこの私、神がついている。神の前に罠や結界など無力」
 不気味な迫力とともに問うてくる魔王に、逢斗が雰囲気でなんとなく腰に下げていた道具袋の中身が反応した。道具袋には逢斗をここまで導いた神がその身を隠していたのだ。
「何っ、まさかその声、本当に我と対を成すこの世界の神だというのか」
 魔王は焦りを隠しきれない。同時に道具袋から手のひらより少し大きい、反りのある黄色い物体が飛びだして空中で静止した。
「久しいな、魔王よ」
「クッ、やはり忌々しき神・バナナか! 貴様は我が魔力によって封印し、別の時空へと消し去ったはず。何故戻れた!?」
 そう、この世界の神とはバナナだ。一本の。
「確かに私は氷漬けにされ別の世界に飛ばされた。だがそれが偶然にもこの勇者の元居た世界で、飛ばされた瞬間たまたま後頭部に会心の一撃を見舞ったというわけだ」
 逢斗もこの辺りの事情は気絶している間の夢幻の中でさくっと説明された覚えがある。宙を舞い、言葉を話し、魔術まで使えるバナナが神でないはずなかろうと。神はさらに続けた。
「うまいこと気を失った勇者からこそっと生命エネルギーの一部を横取……共有することで封印を解き、こちらの世界へと還ってきたのさ」
「おのれ、立場を笠に着た暴虐ぶりは相変わらずのようだな。かくなる上は」
 魔王が突如、視線を逢斗へと向け直した。このまま神を相手にするのは分が悪いとさとったか。
「勇者よ。我ら魔王軍の仲間になるなら望みの褒美を取らせようぞ。金、権力、女や酒でも構わぬ。この世界でさえな」
「断る!」
 自分を篭絡せんとする魔王に、しかし逢斗は力強くそう答えた。
「オレが愛してやまないのは二次元のみ。たとえ世界が平和になろうと滅ぼうと、マンガもゲームもネットもない世界で一生を過ごすなど願い下げだ!!」
「チープな欲望にまみれているとはいえ、意志の強さはやはり勇者か。ならばバナナもろともここでもう一度死ぬがいい!」
 魔王の右手で地獄の炎がうなりを上げる。逢斗も剣を構えた。その辺の野良勇者と違って神の力を得ているのだ。負ける気はしない。
「そいつも断る! ここで倒れるのは魔王、お前の方だ!! もうこの先のプロットもない!!」
「ざ、戯言を――!!」
「食らえ! 超勇者神破斬!!」
「ぐああああ……!」
 自分でもよくわからない掛け声とともに繰り出したよくわからない必殺技により、魔王の体は消滅した。おそらく混沌としていたのであろうこの世界にたぶん平和が戻ったのだと思われる。魔王城は明るい陽に照らされていた。
「よくやってくれた。ありがとう勇者よ」
「なあに、神サマのおかげさ」
 しみじみと礼を言ってくるバナナ。目覚めてからほとんど一瞬のうちの出来事だったといえ、感謝されて悪い気はしない。
「無事に魔王も倒したことだし、元の世界に帰るとするか」
「いや無理」
「は?」
 清々しい気分になっていたところに驚愕の事実を告げられ身体が硬直する。逢斗は神・バナナに詰め寄った。
「いやこういう時って流れで神サマが何とかしてくれるんじゃないの?」
「私自身ならともかく、他人を異世界に送るのは難しいな」
「そこをどうにか」
「まあまあ。この世界で勇者として暮らすなら金も権力も女や酒でも……」
「それじゃあ魔王と一緒じゃねえか! むしろあっちの方がマトモそうだったし!」
「そう言われても」
「何か、何か方法はないのか!?」
 なおも食い下がる逢斗に、バナナは悪びれもせず言う。
「たとえばだぞ。神たる私と同じ力があれば可能かもしれないが」
 その言葉で逢斗は閃いた。このバナナは生命エネルギーを横取りとか言いかかったはずだ。ならば同じ方法を取ればあるいは……。
「いただきます」
 こうして逢斗は元の世界へと帰ったのだった。
 神・バナナの行方を知るものはいない。

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