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今日も夜が来た。静かでよどみなく、しんとした空気が体をすり抜けていく。冷ややかな風にゆらゆらとそよぎながら、そのまま体を横たえてしまいたい。そんな夜。 すぐそばの草叢から小さく虫の声がする。明るいうちに鳴いているのはあまり聞かない……否、日に当てられていささか賑やかになりすぎる日常のざわめきの中に、溶けて消えているだけかもしれないけれど。 一人でいる。話す相手はいない。電話の相手くらいは、探せばいないではない。といえ、こんな時間に呼び出すのは迷惑だろう。寝静まるというに
涼やかな風が吹き抜け、陽射しが円みをおび、彼岸花の花弁がしおれはじめて、季節はもうすっかり秋になりました。 わたしは今、本を読んでいます。ひとりでのスポーツは張り合いがないですし、食欲もそれほど……普段と同じくらいにしか、ありません。ゆったりと心を落ち着けるように読書にふけるのが、いちばん合っているように思います。 音のない空間で物語を読み進めていると、本の中に入り込んで、余計なことを考えず、日常や現実というものを忘れられるように思いませんか。暑すぎても寒すぎても気が散
先生、記憶を消したいのですが――。 開業医の私のもとに、そのような『患者』が訪れるようになって、もう数年が経つ。 「はい。いつ頃のですか」 「六年前の、九月九日です。時刻は夜八時十九分七秒です」 私は患者から差し出されたタブレット端末を指で操作し、速やかに目的の『呟き』、SNSへ投稿された、短い文章を見つける。ちらと日付時刻を確認すると、然るべき手順に則ってその『呟き』を削除した。サーバーまでアクセスすることはできないから、『患者』のアカウントから該当する投稿を削除した
まだ小学生の僕が『自分探しの旅をしている』なんて言ったら、びっくりされるかもしれない。どこに在るかもわからない、僕自身とはまた別の『自分』。けれどどうしてもそれを探し当てたくて、小学生最後の夏休みを使って電車で色んなところを旅した。都合、日帰りばかりだけど。 もうちょっと、具体的な手掛かり……みたいなものがあればいいけど、そんなものもなく。色々と新しい発見があったり、ときにはちょっぴりムカシの自分を思い出したりもして楽しい反面、なかなか見つからない『自分』に、気落ちするこ
生きていたってつまらない。世の中なんてくだらない。君はそうは思わないかい? 少なくとも、私にとっては現実なんてその程度のもんだ。個性がどうの多様性がどうのと言ってみたところで、ヒトは自分が気に入らないものは排斥するし理解できないものには攻撃する。それでいて利用できそうなものはどこまでも利用する。ほら、考えるだけでおぞましい。 どいつもこいつもそうだった。私がちょっと引っ込み思案で大人しいと、臆病で話すのも苦手と知ったとたん、損な役回りばっかり押し付けてきやがって。学校