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短編小説集

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自作の短編小説を集めてあるよ。ジャンルフリー。
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#シュール

すばらしき文明

 先生、記憶を消したいのですが――。  開業医の私のもとに、そのような『患者』が訪れるようになって、もう数年が経つ。 「はい。いつ頃のですか」 「六年前の、九月九日です。時刻は夜八時十九分七秒です」  私は患者から差し出されたタブレット端末を指で操作し、速やかに目的の『呟き』、SNSへ投稿された、短い文章を見つける。ちらと日付時刻を確認すると、然るべき手順に則ってその『呟き』を削除した。サーバーまでアクセスすることはできないから、『患者』のアカウントから該当する投稿を削除した

サイノカワラ

 あの世とこの世を分かつ三途の川ほとり、死後の世界の一歩手前。ここ賽の河原では今日も、子供たちのすすり泣きく声が絶えず聞こえていた。  子供たちは功徳のため、親不孝の罪を償うためにと、血と汗を流しながら、石を運んでは積み、運んでは積みしている。しかしその石積みが適当な高さになってくると鬼がやってきて、適当な難癖をつけて石積みを打ち崩してしまうのだ。そうして子供たちはまた石を積み、また壊され、が延々と続く。  それが賽の河原の日常であり、何百年ものあいだ繰り返され続ける光景だっ

PSYCHOな蓮美ちゃん②

 金曜日。帰りのホームルームが終わり放課のチャイムが響くと、教室の生徒たちは思い思いに行動を始めました。ようやっと平日が過ぎ去り、待ちに待った週末です。  休日を一秒でも長く過ごそうと家路を急ぐ人もいれば、のんびりと友人とのおしゃべりに興じる人もいます。蓮美ちゃんもおもむろに席を立ちますが、どこか元気がありません。 「ハスミ、暗いカオしてどうしたの?」 「ちょっとね。パパとママがケンカしてて。家に帰るの気が重いなって」  友人が心配げに近づいてきました。蓮美ちゃんはわざと大き

おすすめの生き方

 とある会社のオフィスで、二人の男性が仕事をこなしていた。二人はそれぞれデスクに座り、ノートパソコンの画面を見つめてはキーボードを叩く、という作業を繰り返していた。ひとりは中年のベテラン社員で、もう一人は入社したばかりの若い新人だった。彼らの所属している部署に、他に人はいない。 「今日もいい記事が見つかるといいですね、先輩」 「ああ。いくつも読むのは大変だが、これも世の多くの読者のためだ。新人くんも頑張ってくれたまえ」  彼らの仕事はシンプルだ。ブログやSNS、いわゆる掲示板

智慧の翳り、信仰のゆらぎ

 二〇二〇年代ももう末期となり、スマートフォンが一般に普及し始めてから二十年ほどが経ちました。今や、およそ八割もの人が個人でスマートフォンを所有している時代です。  パソコンやネットワークの知識がない人でも簡単かつ手軽にインターネットを利用できるようになると、インターネットを介して様々なサービスが提供されるようになり、多くの人々にとって、情報通信技術はより身近で便利なものとなりました。技術の進歩とともにサービスの質もどんどん向上し、ユーザーはその恩恵を享受していたのですが……

PSYCHOな蓮美ちゃん

 ある夜更けのこと。その女の子は自室でスマートフォンの画面をしきりにつつきながら、ぽつりとつぶやきました。 「うーん、思ったより伸びないなあ」  蓮美ちゃんはこの春に高校入学したばかりの高校一年生。入学を機に念願だったスマートフォンを買ってもらい、周囲よりやや遅めの『スマホデビュー』を果たしたのでした。すぐに今はやりのSNSに登録し、ひと通りの使い方も覚えたのですが、自分の投稿への反応は芳しくありません。 「今日はもう遅いし、明日、学校で誰かに聞いてみよう」  深夜にメッセー