見出し画像

父とのこと。

気心の知れた友人たちと将来や人生について語り合い、心が丸裸になったまま帰路についた夜のこと。

いつものように駅まで迎えに来てくれた父の車に乗り込んで間もなく、言葉が勝手に口を衝いて流れ出た。

「就職、というか、生き方について、悩んでいて。」

いったい何を言い出すのだと、自分自身に驚いた。

いわゆる「1期目(3月解禁、6月頃に内定)」と言われる就職活動をしていた時期は、いちいちすべてを両親に報告していたわたしだが、その後はぱったり口にするのをやめていた。

セミナーや面接に行く際も「今日なんか、大阪らへんに行ってくるわ」と明らかにばればれなごまかし方をしていた。いちいちしつこく追求するような親ではなかったから。

それなのに。

緩んだ心が、うっかり口を滑らせた。


自分にとってなにが大切なのか、なにが正しい道なのか、すっかり見えなくなっていたわたしは、苦しくてどうしようもなかった。
こうしたらいいんだよ。進むべき道を教えてほしかった。
その考え方でいいんだよ。まるっと肯定されたかった。

現在の状況について、もどかしい思いで話す。

目下選考中の企業はこれだけあって、しかし本当に行きたくて生活の心配もないところは1つしかない。そこに決まれば迷いなく進むことができるけれど、その他の会社だけが残った場合、どうすればいいのかわからない。

正直もう疲れてしまっていて、上澄みだけをすくって本質を無視したような受け答えのくり返しや、選考に落ちるなどの事態はこれ以上耐えられそうもない。いつまでもだらだらと続けることはしたくない。

しかし、今年は就職しないという選択肢を選んだ場合、物心ともに支え続けてくれていた母を悲しませるに決まっている。

もう、どうすればいいのかわからない。
しぼり出した声が掠れた。


「もう1年、やったらどうや」

父の答えは明瞭簡潔だった。

「今みたいに追い詰められた精神状態で決めてしまう方が、怖いと思うけどな。
(そこまでは行きたくないけれどすぐに内定が出そうな)その会社に飛びついて、ほんまに後悔せえへんか?」

父や弟と違って、わたしは浪人せずストレートで今の大学へ入った。
あの時がんばって入ったぶん、もう1年余裕があるという考え方だってできる、と言う。

そして、今年だめだった会社に死ぬほど入りたいのなら、来年もう一度チャレンジしてみればいい、と続けた。


「わたしは、」
またしても、考えるより先に言葉が口を衝いて出た。

「いつか、自分の名前で仕事ができるようになりたいねん。」

会社の名前ではなく、自分の名前で。
そして、クリエイティブな分野の中で仕事がしたい。

それがどんなものなのかはまだ見つけられていないけれど、本や、絵画や、音楽や、漫画や、広告や、イベントや、展示会や、そういうものがやっぱりすごくすごく好きで、わたしはいつか創る側になりたいと思っているのだと。
そういう人としていつか名を馳せ、生きていきたいのだと。

死にもの狂いで目指した書籍の編集者は、言い方はわるいけれどそのための手段のひとつだった。

現状のわたしが、いきなりクリエイターとして生きていくことなんぞできるわけがない。
ならば、きちんと食べていくことができて、そういう世界で生きていける仕事に就きたい。自分の夢は一旦置いといて、まずはその世界で作品作りがしたいと思ったのだ。


というようなことを、息つく暇もなく一気に話すと、父は大きなため息をついた。

「お前は、すごいなあ。ちゃんと自分のビジョンを持ってるんやんか。ほんまに偉いことやで。」

「ええか、お前の人生や。外野の言うことなんてどうでもええ。やりたいように、やれ。絶対にあとから後悔するな。
その代わり、どうなっても誰にも文句は言えん。責任はちゃんと自分でとるんやで。」


「お前の人生や。お前が決めろ。」

父は、しばしばそれを口にする。
しかし、そのときわたしに向けられた言葉ほど、その重みを感じたことはなかった。

「父の」でもなく「母の」でもない、紛れもなくわたしの人生。
わたしだけの、わたしのための人生であるのだというその事実を、心が解き放たれたような思いでじっと見つめる。

心の片隅に絶えず巣食っていた燻りや、やるせなさや不安や焦燥が、すこしずつ溶け出してゆくのを感じていた。

世間体とか親とか有利不利とか新卒とか、それらぜーんぶ無視をして、わたしが決めていいのなら。


「会社がどんなに選りすぐって採用した学生だって、多分そのうち半分くらいはポンコツなんや。

取り繕うのが上手いだけの偽物なら、メッキはいつか必ず剥がれる。
本物は、錆びる。その代わり、磨けばまた光るんや。

お前は、本物になれ。」


心の動く音を聞いた時は、必ずその動きに従うのだと決めている。

自分の嫌いな自分で在りたくない。
なりたい自分になれたわたしを、誰よりもこの目で見たいから。

エンジンは、そんな目標だってきっといい。
心の向く方へ進むのだと決めた。世間体の良い方でも、楽な方でも勿論なく。
だって何より頼りになるのは、自分の気持ちなのだから。

わたしには、心があるから大丈夫。


#エッセイ #父親 #家族 #就活 #就職活動 #就活日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?