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おじさまったら。

成田空港へ向かうリムジンバスの中。「この旅はわたしの人生の分岐点になる」そんな言葉が浮かんで、涙がこぼれた。まだ始まったばかりなのにびっくりした。 どうってことのないことばかり。でもとても大切な旅の記録。2016年1月のこと。

おじさまったら

わたしたちがお世話になったロッジは、フェアバンクスの市街から車で30分くらい離れた山の中にある。
そもそもオーロラチェイスという行為は、日本人をはじめとするアジア人に人気らしく、そこに住んでいる人やアメリカ本土に住んでいる人(アラスカでは本土のことを位置関係からしてlower 48と呼んだりするそうだ)はあまり興味を持たないらしい。
ちなみにオーロラ=Auroraでは通じにくく、英語ではNorthern Lughtsの方が通じる。
そんな人里離れたロッジは、街の光は届かないし、遮るものが何もないので、「オーロラを見る」目的の日本人に人気らしい。
わたしたちの4日間の滞在中にも、日本人の女の子が1人づつ到着して、計2名が増えた。

わたしたちの滞在最終の夜。
初日ほどのフィーバー(オーロラ・ブレイクアップと言うらしい)ではないものの、なかなかいろいろなバリエーションでオーロラが出現してくれて、そのまま朝のフライトの準備をすることになった。

年代の割に大柄でちょっとジャン・レノに似ている見た目とは真逆に、シャイなおじさま・エグチさん。
”わたし”にもようやく慣れてきて、ふざけて中年オバサン呼ばわりしてきたり、すっかり無防備にわたしの前でも歌ったりしている。
ちょうどその頃日本で、人気ロックバンドのボーカルの不倫報道が白熱していた時期だからでもあるけど、時々、「愛人」とか「不倫」とかについての自身の憧れを語りもする。
彼は仕事柄、飛行機で世界中を飛び回っているのだけど、機内でCAから連絡先をもらっただの、食事会を開いただのの自慢も交えながら。
そして、負け惜しみなのか、本気なのか、
「そもそもああいうおねーちゃん達には興味ないんだけどな、俺」
まあ、口だけで全くそんな気はないのは分かるし、できっこないキャラなのもあるので、わたしは、半分真面目に半分ふざけて、ある教えを彼に授けた。

エグチさん、あのね。
気に入った女の子や仲良くなりたいと思った女の子がいたら、
まずは、名前を覚える!そして名前で呼ぶんですよ。
それだけで一気に距離感が縮まるし、ポイントが上がるんですよ!

でもシャイが過ぎるのか、いっしょに旅している女子であるいづみちゃんやわたしに本気で興味がないのか、一向に、我々女子に向けて名前を呼ぶことはなかった。(百歩譲って、いづみちゃんはたっくんと夫婦だから気を使った、とも言えるけど恐らくそれは、ない。)

それなのに。
それだから?
途中でロッジに合流してきた日本人の女の子のことは、もう興味津々。
気になって仕方ないくせに、話しかけられない。
「俺らが(街に出て)飯に行ってる間とか、何してるんだろうなぁ」
「なんでこんなところに1人で来たのかなあ」
わたしやいづみちゃんに聞いてくる。
「直接聞いたらいいじゃないですかーーーーーーーー!!」

もぉーーーー!ちょっとめんどくさい”おじさん”!(笑)
・・・ま、かわいいとも思えてしまうんだが(苦笑)

我々にとって出発前の最後の夜のはじまり。
ようやく、エグチさんは女子に話しかけた。
いや正確にわたしはその場面を見ていないので、きっと、女子から話しかけたに違いない。
「今日、(オーロラ)出るといいですよねぇ」
きっかけをもらえてタガが外れたのか、一歩踏み出す勇気を得たのか、その後、オーロラが出始めた頃、1人がわたしたちの歓声に気づいて外に出てきたら、自分から積極的に話しかけ始めていた。
それまでと打って変わって、あまりにも自然に、かつ積極的な姿勢に、いづみちゃんとわたしは「むむむ?」と顔を見合わせる。
「あの変わりようは何だ??」
「あっ!暗いからだ!暗くて顔が見えないから照れなくてすむんだよ。」

わたしたちの読みは当たっていた。
「エグチさん、人が変わったみたい。どうしたの?」
「暗いからでしょ?」
「バレた?顔がわかんないからさ。大丈夫なんだよ。」
あっさり白状した。

その正直さと一連の様子がおかしくて、いづみちゃんと2人でケタケタ笑った。
素直で可愛らしいひとだなあと。
だから、家族から愛されて、組織の長として慕われ、世界中を飛び回るんだろうなあと。

楽しそうに話す“おじさん”を見ているこっちも嬉しくなった。
どうやら、名前を聞き出すのは、彼にとっては越えられない壁だったようだけれども。

おじさん、調子に乗ってきた。
オーロラの出現が少し休憩タイムになると、わたしたちもロッジの中に戻って暖をとったり、あたたかい飲み物を飲んだり、わたしたち自身も休憩をとる。
その休憩タイムのある時。
「何日か前、こんなのが見れたんだよ」とわたしたちの滞在初日に出たオーロラの写真を収めたiPad Proを、なかなかの勢いでスワイプさせながら、彼女に見せびらかし始めた。
「うわー。すごーい。こんなのも出るんですねー」
「キレイ~♡」
若い女性の高い声で褒められて、どんどん調子が上がっていく。
わかりやすい(苦笑)
彼女の歓声は、いづみちゃんやわたしとは声の高さも違えば、初対面だから言葉にトゲもない。そりゃ舞い上がるよね、おじさん。
(キレイな写真が撮れているのは、このオーロラのために購入した百万近いカメラ機材と、それをぜーんぶ調整したたっくんのおかげ、なんだけどね。)
ま、わたしもオトナなので、ニタニタしながら独り言ちる。

彼女もわたしと同じで、スマホしか撮影できるものを持ってこなかった。当時のスマホではまだ、オーロラは撮影できないものがほとんどなのだけど、あまり考えずにスマホで撮れるだろうと乗り込んできた口だった。
デレデレしそうになるのをなんとか踏ん張ったような表情で、
「ほしい写真があれば、データをコピーして送ってあげるよ」

おいおい、おじさん。
なんだなんだ?出血サービス開始しちゃうの??(苦笑)

軽い嫉妬と、釘差しをこめて
「何それぇーーー?ずるーーーい。
エグチさん、わたしには1枚200円って言ってたのにぃーーー」
と誇張した甘ったるい声を張り上げてみた。
これまたわかりやすく、見るタジタジに。

おじさまったらかわいいんだから、もう(笑)

++++++
写真はフェアバンクスか100㎞ほど離れた場所にある温泉にて。
まつ毛や髪の毛があっという間に凍るのが面白くてずっと笑っていたよ。


ちょっとおいしいおやつが食べたい。楽しい一杯が飲みたい。心が動く景色を見たい。誰かのお話を聞きたい。いつかあなたのお話も聞かせてください。