家事の革命児、降臨!【その1】
・引っ越し3年目にしてリフォームしたワケ
時は2020年の秋。築20年の我がマンションを秋にリフォームした。
結婚して越してきた大規模開発のマンション内で、4年前に少し広い間取りに住み替えた私たち一家(マイペース息子&20歳年上旦那)。通常なら住み替えの時に水回りなどの大規模リフォームを済ませてから入居するのがマジョリティではあるのだけど、私たち家族は当時、家族関係があまりよくなくて、育児にも夫婦関係にも悩んでいた時期。
さらに私にはその前年末に乳がんが見つかり、全摘手術を受けて、抗がん剤治療を始めて間もない時期にマンションの1階下、角部屋の今の物件を見つけたのだ。以前から手狭と感じていた家から住み替えの話は出ていたものの、いまいち踏み切れず何度も流れていた引っ越し案件。しかしふと目にしたこの好条件「1階下、引っ越し楽、南東角部屋」見学して一目でほれ込み、どうしてもこの部屋に住みたかった私の一方的なごり押しという形で引っ越したため、その後も家庭内不和がバキバキに生じていたため、当時築19年だったのだが水回りのリフォームは諦めて、壁紙と床のみ張り替えて入居した。
そのあと抗がん剤のダメージからか、ゴリ押しした罪悪感からか、自分のメンタルがおもっくそ落ち込んで新居に越したのにベッドから出られないという暗黒時代に突入し、およそ1年苦しむわけなのだけど、そこはまた別の機会に詳しくお話しするとしよう。
・この窮屈な場所から抜け出したい
以前の部屋は新築の売れ残りを値切って買ったせいか、とにかく間取りがカギ型で延べ床面積より狭く感じ、何を置くにも梁や柱が邪魔して家具の配置がうまくいかない。さらにリビング横の和室はマッチ箱のような窓なし部屋で牢獄のよう。鼻と耳が敏感で気圧にも敏感な私は、気密性の高い高層階にも不快さを感じていたし、お風呂は窓がないのでカビが生えやすく、掃除が嫌いな私はイライラが募る。
挙句の果てにこのマンション唯一のウリと言ってもいい、眺望最高の南側のリビングの狭さにも関わらず、旦那が結婚早々、大画面で映画を見たいという理由だけで、狭いリビングに50インチのテレビを買い、そのテレビで南側の日当たりと眺望満点の景色がウリの窓をふさいでしまったのだ。
(その後誰を招いても開口一番「テレビ、でかっ」と言われたくらい、アンバランスだった)
そもそも家のサイズと、置いてる家具の大きさ、量があってなかったので
とにかく狭く、モノに囲まれて暮らしていた。
息子と旦那と3人暮らしとは言え、モノが多く、お互い協調性がゼロでソーシャルディスタンスがないと生きられないわれら家族、以前の間取りはキュウキュウでいつもみんなの居場所がなくて落ち着かず、モノの収納場所もなくてモノがあふれていた。収納アドバイザーに何度も相談して片づけを模索しても、うまくいかなかった。
私はその家の中で、片付けが苦手、家事もニガテな自分が主婦失格なのではないかという思いと、繊細でマイペースで個性が強い息子の育児でいっぱいいっぱいになり、ここから逃げたいと思うようになっていた。
テレビと家具と旦那さんの無言の圧力とダメな自分とに圧迫されたここから、広々と息ができるどこかへ。
何を言っても節約、やらない方向に意見する保守的な旦那さんに委縮しながら過ごしていたけど、もう無理。
もしかしたらこの心身とも窮屈な状態がガンを生んだのかもしれない。
いつ死ぬか分からないから願いをかなえてくれって言って引っ越しをお願いした。
・無理強いして引っ越した結果
結論から言うと、このゴリ押し引っ越しは大正解だった。
それがこのシンプルな4DKの間取りに移ってからというもの
家族がほぼ1日中使うリビングが超快適で広々。
延べ床面積は変わらないけど、リビングがシンプルに縦長で使いやすい。
手に届く場所にすべてを置きたいと願う私がリビングを多少カオスにしても
あと3人ぐらいゴロゴロできるスペースがある。
そして「欲しがりません、勝つまでは」で、あんなに引っ越しを反対していた保守派の旦那も、自分の部屋という聖域ができ、「引っ越してよかった」とつぶやくようになった。
あの辛かった日々は、今振り返るとおそらく抗がん剤で生理が急に止まり、わたしもホルモンの乱降下で穏やかではなかったのかもしれない。でもあの撃沈したメンタルの辛さを味わった私は、もうこんな思いはしたくない、とひと皮むけ、旦那さんに気を使って委縮してしまうということもやめるようにして、自分の意見をしっかりいうようになった。好き嫌いがハッキリしていて、頭がカオスで思い付きでものを言う。それがいけないと、やめないとと頑張っていたのだけど、もともとカオスなのが私だからだ。
心に血がたくさん流れた日々だったけど、そのバトルの日々のおかげでメンタル面の変化もあり、引っ越しはいろんな意味で正解だったようだ。
角部屋に引っ越したことによって、気密性の高さも少し緩和され、気持ちも物理的にも風通しがよくて至極快適。極楽。
相変わらず富士山が家から見えるロケーション。
やいやいとやりあったけど、引っ越しを認めてくれた旦那さんの存在がなければこれが実現しなかったこともガッテン承知の助。
・リフォームの女神は突然に
そして引っ越しが落ち着き、私のがん治療も終わり、落ち切っていたメンタルも復活し、やっと生活が軌道に乗り始めたころ
この保守的な旦那さんが、ふと
「水回りのリフォームする?」と言い出した。
ゴタゴタしたのでリフォームに関しては何も言うまいと口をつぐんでいたのだけど、
我が家の財布のひもはすべて旦那さんが握っている。これがチャンスだ。
逃さずにつかめ。
とばかりに私のリフォームミッションが始動した。リフォームで我が家に来た家事の革命児のことについて書こうと思ったのに序章で終わってしまった。次回に続きます!
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