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研究開発型(ディープテック)スタートアップの広報をする上で気をつけていること

私はフリーランスとしてB to B企業の広報を担当していますが、主に研究開発型(大学発)スタートアップ、いわゆる「ディープテック」企業の広報をしています。

ディープテックとは、人工知能(AI)やロボティクス、半導体技術、量子コンピュータ、ゲノム、バイオテクノロジーなどの技術分野を指すもの。社会課題を大学の研究などの高度な科学やテクノロジーの力で解決しよう!とする業界です。

政府は2022年を“スタートアップ創出元年”とし、過去最大規模の予算を背景にスタートアップの創出や育成を進める政策「スタートアップ育成5カ年計画」を掲げています。ディープテック領域にも大きな予算が割り当てられ、大変期待されている分野で、実際に、ディープテックというキーワードでの取材依頼も増えています。

業界が急成長しようとしている今、特定の業界や研究者などの専門家以外にも情報を届ける必要が増していて、その一翼を担う「広報活動」はとても重要になってきています。

……で、今回の本題なのですが、「広報」と聞いても、何やるの?プレスリリース作成?となんだかざっくりぼんやりしちゃいますよね。

ドーーンとマスメディアに掲載されたり、SNSでバズる話題を生み出したりする。広報=一般的なスタートアップのような「キラキラした部分」が目立つかもしれませんが、研究開発型スタートアップの場合は少し異なるマインドや行動が求められる、と私は思っています。

私は研究開発型スタートアップの経営者や研究者、すべての人が広報マインドを持つことで、技術がより早く世の中に浸透していくと思っています。なぜなら、広報に関心を持つことは社会に関心を持つことだからです。

何が違うのか、何を心がけているのか?この記事では、多くの人が広報マインドを持つと、未知の技術がより早く世の中に浸透する、ということを信じて、研究開発型スタートアップの広報に取り組む私が日頃から心がけていることを整理しながら、紹介していきたいと思います。

これからお話しすることは、個人の見解であり、主にシード・アーリー期の研究開発型スタートアップを想定しています。

今、大事にすべきステークホルダーは誰なのか

私はVCやファンドでも広報の仕事をしているので、投資先の広報担当者とお話しする機会があります。お話ししていると、資金調達のプレスリリースを出す際に、「スタイリストいれて集合写真撮りましょう!」という提案をされる方もいらっしゃいます。

でも研究開発型、主に大学発スタートアップではそういった華やかな広報活動をする前によく考える必要があります。

このような企業の場合、独自の技術がまだ世の中に浸透していないため、大学・研究機関や技術の許認可を行う行政機関、協業先の大手企業などとの関わりが非常に多くなります。

そのため、これらステークホルダーに嫌われると広報の意味がありません。シード・アーリーの段階は、比較的保守的な人たちがステークホルダーなので、品性や誠実さが大切だと意識しています。

また、シード・アーリーのステークホルダーとして忘れてはならないのが投資家やアライアンス先です。広報の目的は、次回の資金調達、共同研究などをサポートしてくれる大手企業とアライアンスを組むためでもあります。

このようなステークホルダーにとっては、華やかさよりも技術の中身が大切なのです。

「ステークホルダーは誰なのか」、まずはこれを明確に意識することで、アプローチの仕方が変わってくるはずです。

「それが言いたかった!」を引き出す

広報に求められるのは、メディアにたくさん露出できるスキルのみならず、「いかに言語化できていない部分を言語化して、皆様に届けられるか」です。その分野に興味がない人にも、専門知識がない人にも、いかに大勢の方々に理解してもらえるか、ということだと思っています。

「そうそう、それが言いたかった!」

と言われると「ヨシッ!」と心の中でガッツポーズするのですが、「こういうことですか?」と相手が言いたがっていることを察する力は、「エスパーみたいだな」と私は思っていて(笑)

この「察する能力」は、人や物事に対して興味を持って、先入観を持たずによーーく観察することで培われると思っています。

ついつい私たちは、自分が経験したことで形成されたレンズを通して物事を見てしまいがちです。例えば、ロボット業界に長く関わっていると自分自身にも知識が身につきます。すると「これは分かるだろう」と専門家側の立場で物事を捉えて、社会や消費者をおいてけぼりにしてしまいかねません。

だからこそ、自分の解釈は脇においておいて、人や物事に対して深い関心を持ち、よく観察することで、自然と察する能力が身に付くと思います。ただ、素質も重要な要素のひとつであることは正直なところです。みんながみんなエスパーになれるわけではなく、それができる人は少ないかもしれません。だからこそ、このような広報の仕事が必要なのかもしれませんね。

バンザーイ

中学生が読んでも「分かる」コミュニケーション

「言いたいこと」が定まったら次は「どう伝えるか」ですが、研究開発型スタートアップに関する情報は専門用語が多く、社会に未実装の技術を扱うため、「その技術が暮らしをどう変化させるか」をわかりやすく表現することが求められます。

自分たちが提供する技術がどう世の中を変えるのか、その可能性を伝えるためには、難しい内容が「伝わる」表現力が必要です。言語化というより“翻訳”のほうが近いかもしれません。

言葉で表現するのが難しければアニメーションにすればいい。私はあえて専門外の立場から分かりにくいところをお伝えするように心がけていて、発信する側と受け取り側との情報の非対称性を解消するために、デザインや色など非言語的なコミュニケーションを提案するようにしています。

研究者など専門家からすると「当たり前」でも、その分野にはじめて触れる記者さんや多くのビジネスパーソンにとっては、知らないし興味も持たれない内容です。

「誰も分からないし、読んでくれない」という前提に立つことで、分かりやすく表現するためのアイデアが生まれます。

以前東京大学で仕事していたときに、教授たちが専門知識のない私になぜわかりやすい説明をすることができるかと質問したことがあります。その時の答えは「中学校や高校で出前授業を行っているから」でした。その経験から、中高生に対してどのように説明すればわかりやすいかを知っているんです。こう伝えると中高生も理解できる、と経験を通じて知っているんですね。

同じようにプレスリリースにおいても、誰が読んでもわかるような説明をすることで、より多くの人に情報を届けることができると考えています。

研究者が「伝えたいこと」と
社会が「知りたいこと」の重なりを探す

もう少し「どう伝えるか」を掘り下げてみたいのですが、私はコミュニケーションを考えるときに私自身が伝えたいことではなく、「研究者が伝えたいこと」と「社会が知りたいこと」の重なりを探すようにしています。

研究開発を行う人たちは、その技術やテーマに対する思い入れが半端ないので、話し出すと熱くなって止まらないことも多々あるんですね。

熱い思いに触れると、技術の素晴らしさや可能性に魅了されるのですが、それをそのままの言葉で伝えても難しかったり、壮大過ぎて読み手の想像が追いつかず、共感が得られなかったりすることもあります。

だからこそ、引き出した研究者の思いを、誰にでも理解できる言葉に翻訳することが必要になるんです。

研究者を相手に話を聞くことや、翻訳するには、そのテーマに関する堅実な知識が必要です。素人だからこそ読み手の立場にたった表現の提案ができますが、かといって全く何も知らないし、興味がないのでは話が前に進みません。

日々、ニュースに目を通して、業界内外の人と話をする。政府の動向や社会情勢を捉えているからこそ、今、どんな伝え方をすると共感が生まれるか?研究者が伝えたいことと社会が知りたいこととの接点を見つけることができます。

私自身も主要メディアのみならず専門誌は必ず目を通すようにしていますし、政府の動向についても毎年決まった時期に出る情報を確認するようにしています。

(メディアの取材に同席して優雅な仕事だな......と思っている人もいる(?)かもしれませんが、広報、裏で色々努力してるんです!)

スヤスヤ

どんな人にもリスペクトを

これは広報に限らずですが、リスペクトを持つこと、は決して忘れたくない姿勢です。

特に広報の仕事は、メディア、業界団体、政府自治体など様々なステークホルダーとコミュニケーションを取る機会が多く、どれだけ「関係性を積み重ねることができるか」が広報力に直結すると思います。

関係を築く上で、相手の立場や役割といった前提を理解することが大事です。

例えばメディアリレーションズでいうと、研究者の中には、記者が書いた記事に赤入れして修正しようとする人がちらほらいらっしゃいます。記者にも研究者にもそれぞれの立場があり、それぞれの役割があります。もし記事の内容がファクトと異なる場合、それは伝え方の問題であることが多いです。会社概要の資料が分かりにくかったり、技術に関する説明があまりにも専門的すぎたり。

万が一修正をお願いするとしても「お願いをする」というスタンスであるべきで、相手とのコミュニケーションに気を配り、リスペクトを持って接することが大切です。

中には、メディア関係者を業者さん扱いしてしまう人もいました。これは良くないです。研究者とメディアの人は上下関係ではないので。メディアに冷たい態度をとっていると、いざというときに取材に来てもらえなくなる可能性があることも忘れてはいけません。研究者が自分たちの研究を広く知ってもらうためには、メディアとの関係構築が重要な役割を果たします。

次回の資金調達先も、大手の協業先も決まっているから取材に対応する意味が分からない、という声を聞くことがありますが、担当者が数年で変わることも多いですし、新しい担当者が専門知識を持っていない場合もあります。そうした状況では、記事を読んで理解を深める方も多く、第三者(メディア)を通したハロー効果も期待できるので、伝統のある媒体や専門誌などに掲載の機会があれば積極的に動いたほうがいいです。

少し話がそれましたが、メディアリレーションズをはじめとして広報は社会すべてがステークホルダーであるので、どんな状況でも相手を尊重することを忘れないようにしています。

以上が、私がディープテック型広報をする上で気をつけていることです。

こうやって書いて整理してみると、

誰に、何を、分かりやすく伝えるか

という基本中の基本に行き着くのですが、それをどれだけ情熱を持って地道にやり続けることができるか。いろいろ書いたんですが、何より大事なのは、その企業やブランドに興味を持ち、愛着を持ち、そして、それを伝えることだと思っています。

「会社の大ファンで、素晴らしいものやサービスがあることをみんなに知ってもらいたい!」と願っている人がいる会社は、広報を行う準備が十分に整っていると思います。

そう思うと、広報の担当者であるかどうかに関わらず、研究者たちの中にも“隠れ広報マインド”を持った人が経験上たくさんいらっしゃいます。先にも書いたように、そういう人が広報をやったっていいし、むしろ増えていくといいと思っています。

私は広報は難しい仕事ではなく、誰でも素質さえあればできると思っています。
必要なのは高度なスキルや知識ではなく、適切なマインドとお作法。なので、アカデミックバックグラウンドの人たちが一般的な広報の考え方やスキルを学べば、ますます研究成果の社会実装が進むのではないかと期待しています。

この記事が少しでも、未知なる技術やサービスを世の中に広める一助になれば嬉しいです。

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