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たびのとびらと記念写真と

 修学旅行や親に連れられての家族旅行以外で初めて旅行したのがカンボジアだった。なんとなく少し怖いし面倒でちっとも旅行などせずに大学生活を送っていたのだが、4年生になって就職が決まったところ休みがほぼ取れない業種なので、流石に「今のうちに行っておかねば」と思ったのだった。
 
 物心ついた頃から写真を撮られるのがあまり好きではない。撮るのは好きだ。
 いつか行ってみたいとずっと思っていたアンコールワットを訪れ、舞い上がって写真を沢山撮った。

 アンコールワットの敷地内、日本の寺でいう「境内」のようなところにやや小さな建物の入り口がある。祠なのか、東屋なのか、周りを囲む壁の入り口なのかはよく知らない。ただ屋根とぽっかりあいた入り口だけのように見える佇まいを見ながら「あれはたびのとびらだ」と思いながら写真を撮った。今思うと足を踏み入れてみればよかった。

 アンコールワットの中心部には急な階段を上っていく塔と回廊があり、見晴らしが良い。正面の方では草に覆われた敷地を突っ切る通路が外郭にぶつかり、その向こうにはトゥクトゥクの並ぶ道や観光客向けらしい屋台が並ぶ。回廊を回って側面の方に出ると、ひと回り、ふた回りの外郭の外は見渡す限りの密林で、ところどころ遺跡が頭を出している。
 暗い回廊から覗く外の日差しは眩しく、木々の濃い緑と赤茶色の砂っぽい土壌が青い空の下で輝くようだった。
 しばらく眺めていると、見知らぬ青年に写真を撮ろうかと声をかけられた。欧州系のバックパッカーらしく、肌は真っ赤に灼けていた。
 前述の通り写真に写るのは好きで無いので一旦やんわり断るも、もう一度進められたのでお願いしたが、逆行で私のシルエットは真っ暗だ。ごめんねと困り顔をしていたが、もともと要らないのでこちらは困らない。大丈夫、それよりあなたの写真を撮るよと言うと、いそいそとカメラを渡してポーズをとった。
 なるほど、写真を撮って貰いたいときは、先に「よかったら撮りましょうか」と声をかけるのだなと一つ学んだ。撮って欲しいわけでなくても、こうやって会話をするのはひとり旅には良いな、とも。

 それから時々「撮りましょうか」と声をかけるようになった。ひとり旅よりむしろ、代わりばんこに撮っているご夫婦などが声をかけやすい。特にそれ以上の会話をしたいわけでは無いので、ひとりの人だと相手が退屈していると少し長くなるかもしれない、と思う。
 たいてい私の両親くらいで、私の写真も撮ってあげるよと皆さん仰るが、「撮る方が好きで」とやんわり辞退する。
 本当にそれだけの会話しかしないのだけど、どこかほっとする自分がいた。ひとり気ままに過ごすのが好きだけど、案外寂しがりなんだなと、自分のことなのに他人事のようにうっすら思う。

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