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「人」として生きるのをやめた瞬間。半地下→地下に堕ちた男が捨てたもの【映画・パラサイト考察Vol.3】

この記事は「パラサイト 半地下の家族」の考察記事Vol.3です。
*ネタバレあり

パラサイト考察①(ネタバレ):パラサイトに失敗した美女の結末。知れば知るほどゾッとする、格差社会の残酷さ
▶︎ギジョンはなぜ死ななければならなかったか
▶︎あの時、地下室の男が刃物を向けたのは...?

Vol.1は妹・ギジョン編。ギジョンは悲劇を辿る半地下の家族の中でも、特に象徴的な存在。ギジョンの死には、ポン・ジュノ監督が映画・パラサイトを通じて伝えたかったメッセージそのものが込められているように思います。

パラサイト考察②(ネタバレ):富裕層への憧れに取り憑かれた男の悲劇。無謀な“パラサイト計画”の大きすぎた代償
▶︎パラサイト計画は最初から失敗だった?
▶︎兄・ギウはいったい、どこで何を間違えたのか

Vol.2は兄・ギウ編。エリート大学生の友人・ミニョクから、金持ちパク家の家庭教師の仕事とともに水石を贈られたギウ。ミニョクになりきり、うまくパラサイトしたはずだったのに...ギウが犯した決定的なミスとは、一体?

今回のVol.3は、半地下一家の両親、父・ギテク / 母・チュンスク編です。
ネタバレ大いにありますので、ぜひ映画を観た人だけ先へお進みください。

父・ギテクは、いつ地下に落ちてもおかしくなかった。


映画・パラサイトは、全編を通して「ええ!?」「嘘でしょ!!??」というシーンの連続ですが、その中でもラストシーンは衝撃的でしたよね。

パク社長を衝動的に刺してしまった父・ギテクは、豪邸を抜け出したあと行方をくらまします。いったいどこに行ってしまったのかと思っていたら...まさか、パク家の地下に潜み、自ら“地下室の住人”となっていたとは。

しかしこの結末を知ったとき、驚きはしたものの、「なるほどな」と思わせる納得感がありませんでしたか?

振り返って考えてみると、全編を通じて、父・ギテクはいつ地下に落ちてもおかしくなかった。そう思わせる描写が至る所にあったな、と思うのです。

最初に感じたのは、冒頭で半地下一家が総出でピザの箱を折る内職シーン。

Youtubeで「高速でピザ箱を折る方法」を調べて皆で実践する半地下一家(笑)。しかしいざピザ屋のオーナーに納品すると“1/4のピザ箱が不良品だった”として報酬を減額されてしまいます。

1/4...?不良品って、もしかして...。

そう、この不良品1/4を作ったのは...父・ギテクですよね。

家族全員、誰も口にこそ出しませんが、皆がそっと父親を盗み見るシーンが映し出されていました。

ピザ箱を折る仕事なんて、はっきり言って単純作業です。難しい技術が必要なわけじゃない。真面目に取り組んでさえいれば、不良品が完成したりしないはず。

つまり父・ギテクという人間には、単純で簡単な仕事であっても隙あらば手を抜いてしまうような“いい加減さ”があるんですよね。

また、このピザ箱の内職シーンでは、ギテクが半地下→地下に転落してもおかしくないな、と思わせる描写がもう一つありました。

ピザ箱の内職中、道路で殺虫剤が撒かれ始め、家族は窓を閉めようとするのですが、それを父・ギテクが止めます。

「そのままにして、家の中の虫を駆除してもらおう」と。

いやいや、どんな発想!?結果、殺虫剤の煙が思い切り家の中に入ってしまい、父を除く母・兄・妹はゴホゴホとむせ返ります。

しかしそんな中、ギテクだけは顔色一つ変えないんです。

彼だけは、虫と一緒になって殺虫剤を浴びても平気。「なんてことない」といった表情でピザ箱を折り続けます。

まあ確かに、殺虫剤で人が死ぬことはないでしょう(絶対、毒ではあるけど)。

しかしそういうことではなくて、同じ人である町の清掃員に殺虫剤をかけられるという状況を甘んじで受け入れている。そんな自分を許容してしまっている。

父・ギテクは冒頭から、人として生きる“プライド”を失いつつあった。

そんな風に感じさせるシーンでした。

度重なる挫折は、男から野心を奪った

振り返ってみれば、父・ギテクにも母・チュンスクにも冒頭から“諦め”が滲んでいたように思います。

というのも、ギテクには過去に2度(チキン店と台湾カステラ屋)も商売に失敗しており、そのせいで半地下生活に追いやられてしまったという経緯があるんですよね。

ちなみにチキン店は、韓国で最もポピュラーな外食店。

フランチャイズ費用さえ払えばすぐに開業できる仕組みがあり、2019年2月時点で韓国のチキン店は約8万7,000店。これはマクドナルドの全世界店舗数の2.4倍の数だとか。

おそらくギテクも、最初はどこかの企業に勤め、ある程度の水準の生活をしていたはず。しかし退職後にきちんとした「計画」もないままチキン店のフランチャイズに手を出した。しかし(案の定)熾烈な競争に勝てず、店を畳むことになったのでしょう。

そして次に手を出したのが、台湾カステラ屋です。(懲りない...笑)

この台湾カステラ屋、韓国で最も短期間で消えた外食産業として知られているそう。

 2016年のブーム最盛期には、韓国国内で17種類のフランチャイズが存在し合計400店が営業していたが、翌年、テレビ番組が「無添加をウリにしている台湾カステラだが、実は食用油と添加剤が使用されている」と放映すると一気に衰退。

しかしこの放送はデマだったという説もあり、ギテクにとって二度目の事業失敗は不運だったといえます。

もちろんギテク自身の計画不足・力不足もあったに違いありませんが、思いがけない出来事により、運悪く、二度目の事業も失敗に終わってしまった。

ちなみに少し話が逸れますが、“地下室の男”も同じく台湾カステラ事業に失敗して、借金取りに追われるようになったという設定でした。

考察②に詳しく書きましたが、韓国の自営業者は全雇用形態の25%をも占めるそう。その割合は日本の2.5倍です。

これには、企業からリストラされた中年男性がもっとも簡単に再就職できる飲食業など零細自営業に流れるという背景があり、韓国の現状においてこの設定は決して人ごとではないリアルさがあるのだと思われます。

話を戻します。そう、ギテクも最初から野心がなかったわけじゃないんですよね。

半地下キム一家も、最初から貧乏だったわけではない。このことは、兄・ギウが子どもの頃にボーイスカウトに入っていたというエピソードにも裏付けられています。(ボーイスカウトは1年の会費だけでも数十万ウォン。その他必要経費を考えると、貧困家庭で育ったとは考えにくい)

父・ギテクにとってみれば、思いもよらぬ形で「計画」が崩れ、そのせいで仕方なく半地下暮らしになってしまったというわけ。

この二度にもわたる大きな挫折は、父・ギテクから野心を奪ってしまいました。

母・チュンスクは元・ハンマー投げの選手であり(半地下一家の家にメダルが飾ってあります。洪水で家のほとんどが浸水した夜、ギテクが唯一持ち出したのは“チュンスクの努力の証”でした)、ギテクよりはずっとパワフルで精神的な強さも感じます。

が、そのパワーは「なんとかして生きよう」「どうにかこの苦境を乗り切ろう」という現状維持に対するもので、そこに「野心」の存在は感じませんでした。

兄ギウの友人であるエリート大学生・ミニョクが例の“水石”を半地下キム一家に贈った時も、母・チュンスクは「食べ物の方がよかった」と言って妹・ギジョンに小突かれますよね。

この描写も、チュンスクに「野心」や「向上心」がないことを表しているように思います。

しかし一方で、まだ若く未来のある兄・ギウや妹・ギジョンはおそらく諦められなかった。

最初から貧しかったわけではないからこそ、むしろ野心を大きく膨らませていったに違いありません。

「こんなはずじゃない」「どうにかして状況を変えたい」「半地下から脱出したい...!」

きっと、その切実な思いが無謀なパラサイト計画に繋がっていった。

ハングリー精神は、強さと脆さの両面を併せ持つ。魅力的でもあるし敬遠したくもなる。人間が抱く感情の中でも非常に強烈で、複雑なエネルギーだなぁと感じます。

ギテクは自らの意思で地下に潜んだ


父・ギテクは冒頭から、人して生きる“プライド”を失いつつありました。

しかし、プライドを失いかけていても、他人からバカにされたり蔑まれたりするのは許せないという程度の誇りは持っていました。

自分で自分のダメさを重々わかっていても他人に見下されるのは耐えられない。

覚えていますでしょうか。留守中のパク家の豪邸で好き勝手に飲み食いをする半地下キム一家のシーン。

高いお酒を飲み、多少気の大きくなった母・チュンスクが、ギテクに対しこんな発言をします。

「いまパク社長が帰ってきたら、あんたなんかゴキブリみたいに逃げ回るクセに!」

すると、これまでずっと温厚キャラだったギテクがいきなり、チュンスクの胸ぐらを掴みます。我に返ったギテクはすぐ笑いに変えて誤魔化しますが、これは絶対、冗談なんかじゃない。

この瞬間、彼は本気で怒っていました。

自ら殺虫剤を浴びることはできても、他人から虫呼ばわりされるのは許せない。

彼の、この微妙に残されたプライドこそが、“半地下”という、地上でも地下でもない微妙な立ち位置に置かれた人間のリアルな心情に思えます。

ギテクを含む半地下キム一家は全員、パク家の地下で“地下室の男”の存在を知ったとき、はっきりと線引きをしていましたよね。

「一線を越えるな」と何度も発言し、富裕層と貧困層を明確に区別するパク社長に対し憤りを感じているにも関わらず、です。

地下室の男の妻、元家政婦のムングアンが「私たちは仲間でしょう」というような発言をしたときには、母・チュンスクが「一緒にするな」と言い切っていました。

しかし元・家政婦ムングァンの言うとおり、金持ちパク家にパラサイトしているという事実を見れば、地下室の男も半地下キム一家も確かに同じなのです。

それでもキム一家が必死で「違う!」「一緒にしないで!」と抗ったのはなぜか。どうしても線引きしたかった理由は?

その心にあるのは何か。それは、微かながら残されたプライドではないでょうか。

地下室の男には、もうプライドなんかありません。地下室での暮らしに「満足している」と言い、パク社長に対しても、もう僻みも妬みもない。

地下室の男が死ぬ間際に「リスペクト!」と叫ぶシーンは、希望も野心も人として生きるプライドまでをも失った男が放つ捨て身の恐ろしさ、背筋も凍る冷たい恐怖がありました。

しかし父・ギテクにかろうじて残されていたプライドも、妹・ギジョンが瀕死の重傷を負った瞬間に消え去ってしまいます。

今にも息絶えそうな娘を放置し、「車のキーをよこせ」と叫び逃げようとするパク社長。そのパク社長に対し「リスペクト!」と叫びながら死んでいった地下室の男。その姿を見ても助けようともせず、汚物を避けるように鼻をつまんで車のキーを拾ったパク社長...。

その光景は、ギテクの目にどう映ったか。

おそらくギテクにはこの時もう、プライドなど残されていなかった。いや、プライドなどもはやどうでもよくなったと言ったほうがいいかもしれません。

この瞬間、ギテクは自ら捨てました。人として生きる道を。

衝動的にパク社長を刺し、そして同時に、自ら“地下室の男”に成り下がることを決めたのです。

長くなりましたが、以上で映画・パラサイト考察は終わりです。
まだ読んでいない方はVol.1、Vol.2もぜひご覧いただけたら嬉しいです。

パラサイト考察①(ネタバレ):パラサイトに失敗した美女の結末。知れば知るほどゾッとする、格差社会の残酷さ

パラサイト考察②(ネタバレ):富裕層への憧れに取り憑かれた男の悲劇。無謀な“パラサイト計画”の大きすぎた代償


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