自由律俳句(その6)
〇 6月7日 雨が続いたため、久しぶりに公園に行く。雨上がりのせいか、鳥の声が沢山聞こえる。
公園で迎えてくれる かまびすしい鳥の声 私はまだ死んでないよ
いつの間にか逃げなくなった鳥たちよ やっと友になれたのか
草むら入り 足を掻く そこにも命が生きていた
〇 6月12日午後3時 霧雨の中を近所のスーパーへ買い物に行く。下校途中の小学校低学年が沢山歩いている。
先になり後になり でも私の年は越えない それが時間の掟
十年後 私は あの世から見ているのだろうか
カタカタ鳴る習字道具の箱 ガタガタと騒がしく生き抜けよ
〇 6月15日、梅雨入りして雨の日が続く。蒸し暑く、汗が肌にべとつく。湿度のせいで、指の関節や腰がいつもより痛む。歩くと足が痺れていく。
いたいいたいは 生きていることの証と 我に告げるアジサイ咲く
いたみこらえて 杖もつひとに席をゆずる 私はまだ生きるのだ
ただ歩くだけで汗が出る 私の身体は いつのまにか別人さ
一瞬でいたくなったんじゃない なおるのも同じくらい長いんだ
しあわせなのは 毎日食べられて 朝まで家で寝られること
朝日射して目を覚ます まだ生きていることに 感謝します
〇 6月21日、夏至。近くの都営住宅の取り壊し工事がたけなわだ。既に、まるで恐竜のような重機によって、古い五階建てが瓦礫の山と化した。今次の獲物を重機が狙っている。そこに住んでいたおばあちゃんたちが、精魂込めて育てた数々の花々は、世話する人もいなくなり、皆瓦礫の下の藻屑と消えてしまった。
瓦礫の埃を吸い込む 夏至の汗 花たちはもう消えている
お前もそのうち食ってやるぞ 廃墟に屹立する巨大な化け物が言う
廃墟の上に夏空遠く 道端の草は道をふさぐ 静かな時間が過ぎている
〇 6月28日 去年と同じく、歩道の花は美しく咲く。保育園児、通勤・通学の人が行きかっている。
年々花は蘇り 年々我はまたひとつ 痛みを蓄えていく
今日の幼子の行進は 明日は私を越えて もう見えない
疲れている若い人達よ 私はすでに生きることに飽きている
〇 7月6日 公園で撮影しようと思い、草木と雲の構図を見ていたら、後ろから視線を感じて振り返った。そこには、一匹の鳩がいて、私と視線が合ったとたんに後ずさりしていった。たぶん、私のことを知っているようだ。
鳩にもあるか 他生の縁 ともに生かされていて
恥ずかしがる鳩よ いつかどこかで出会ったのか
鳩の後ろ姿を追いかけ しばし木と空をただ見つめる
〇 7月10日、熱帯夜の中、寝付かれない。布団の中で昔のことばかり思い出す。
ふりかえれば 恥ずかしいことばかり 蚊を叩く
終わりなき車の騒音続く 寝苦しい夜 せめて虫の声を聴きたい
〇 7月11日、朝と夕にベランダに水撒きをする。
草に水をやり ベランダに水を撒き 私は深く息を吸う
さっき播いた水 誰が吸い取ったのかと聞く 大きな白い雲
〇 7月12日、有楽町の万世麺店でパーコー麺を食べようと訪れたが、シャッターが閉まっていた。近くで、「この辺りは再開発だから、6月末で閉店したそうだよ」と誰かが話す声が聞こえる。学生の頃、長くアルバイトした店だったので、いささかショックを受ける。同じフロアのカレー屋には、長蛇の列が見えた。なんとなく、近くの蕎麦屋に入る。
無言の静かなシャッターの前で 時間を語る人の声の大きさよ
あまり訪ねなかったカレー屋も 寂しく見える 人の列
背中越しに昔話を聞きながら 薄暗いシャッターを眺めた 苦い蕎麦だ
ずっとアルバイトを続けていたIさんも ようやく店仕舞いしたのだろう
またひとつ ふたつ そしてみっつと 思い出はすぐに消されてしまう
消えずにあるのは ガード下の浮浪者と宝くじ売り場 これが憂き世と思い知る
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