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<書評>「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」

皇帝フリードリッヒ2世の生涯

「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」 塩野七生著 新潮文庫 2020年1月1日

文庫本の帯にこう書いてある。
「封建諸侯から司法権を返還させ、中央集権国家を構想した」
「絶大な権力を誇った法王と対立し、政教分離を志向した」
「イスラム世界のトップと外交交渉し、武力行使なしに聖地を奪還」
「独語、伊語、仏語、ラテン語、ギリシア語、アラビア語を自在に使った」
「学芸をこよなく愛し、ヨーロッパ初の国立(注:ナポリ)大学を建学」
と、まさにスーパースターの事績だ。

しかし、1194年というローマ法王(教皇)全盛時の中世末期に生まれ、1271年に、ルネサンスの息吹きを見ずに死んでいったため、生まれてくるのが100年後であれば、ルネサンスの寵児としてレオナルド・ダビンチと並ぶ存在になりえた天才だった。

帯の文章の最初にある「中央集権国家」云々は、異端裁判所に象徴されるローマ教会のファシズムではなく、法治国家の建設を目指して、「メルフィー憲章」という人類史上初の近代的憲法を作っていることを示している。そこで重視されているのは、魔女作りの一方的裁判であった異端審問所ではなく、近代的な検事と弁護士と中立の判事による、法に基づいた裁判だったのだから、その優れた近代性が良くわかる。

ところが、その近代性のために、ローマ教皇から目の敵にされ、命を狙われ、3度も破門された。さらに、戦争をせずにエルサレムをキリスト教徒の手に取り返したことを、評価されないばかりか、アンチキリストの行為と糾弾される始末だった。

こうしたフリードリッヒ2世の人となりと歴史を、特徴あるややくだけた文体で、作者は思い入れたっぷりに描く。それがたまに鼻に付くこともあるが、よく資料調べかつ解釈しているのだから、これくらいは大目に見るのが妥当だろう。まさに、中世からルネサンスへの過渡期を活写した労作だ。

ところで、このフリードリッヒ2世が好んだのが鷹狩で、そのための鳥類図鑑でもある「鷹狩の書」を残している。その文体は、カエサル並の簡潔・明瞭だと著者は説明する。しかし、ラテン語が読めない私は、その挿絵の美しさに魅了された。これだけでもコレクションしたい稀少本だ。

鷹狩の書2

鷹狩の書3

さらに、世界遺産になっている、フリードリッヒ2世が残したカステル・デル・モンテという、八角形を組み合わせた不思議な城がある。

カステル・デル・モンテ

未だにその使用目的も不明なこの建築物は、人類が残した建築の中では、ピラミッドに匹敵する不思議さと幾何学的な均整さがある。

ダビンチは、その時代を超越した能力から異星人であったという説がある。実はフリードリッヒ2世も、その突出し時代を超越した思考から、異星人であったのではないかと思う。そして、ダビンチが、ルネサンス人は想像もしていない空飛ぶ機械を発明したように、フリードリッヒ2世も、中世人が想像もできない、いや想像すること自体が異端としてローマ教皇に処刑されてしまう、宇宙との連絡を取るための施設を作ったのではないかと、私は想像する。

この八角形の集合は、地球上の生物が発想しイメージできるものではない。上空から見ても横から見ても、現代の宇宙ロケットのエンジンにしか見えないその姿は、遠い異星人とのコミュニケーションを取るものとして建設されたのではないだろうか。

そして、最後に強く思ったのは、こういう偉大な人と同時代に生き、共に生活できた人の幸せだ。フリードリッヒ2世に付き従っていた人たちは、臨終の際は数日間にわたって側を離れなかったという。それは、単なる忠誠心からではなく、この千年に一人という超人的天才との時間を、かけがえのないものと感じたからではないか。私もそういう天才と生活してみたいものだ。

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